雪化粧



 真っ白に敷きつめられた雪の上に身体を寝かせ、広がる空を仰ぐ。
 空から舞い散る粉雪に身体を覆われていくと、汚れきった自分の存在をリセットできると、そんな錯覚が何度も過り、今こうしてそれを実践していると、手足から感覚が無くなり、全てが無になることで願いが叶っているように思えた――十夜、十八の早春。


 ◆◇◆◇◆

 時は遡ること十八年前。
 大正という時代になり、人々の暮らしは一変した。
 それは十夜の母の実家も同じであった。長年続いた老舗にも新しい風が入り込み、異国との交流も盛んになる。
 そんな頃、母は誰の子かなど一切公言することなく、ひとりで十夜を産み育てたのだった。
 生まれた子、十夜は黒髪黒い瞳の人種で栄えてきたこの日本国では珍しい茶系の頭髪に瞳を持つ、目鼻立ちの奇麗な日本人離れした容姿であったが、時代がそれを流行りとして受けとめ、父を知らずとも幸せな日々を送ってこられた。
 母が実家の事業を受け継ぎ出した頃、ひとりの実業家が出入りを始め、当然のように母の元へと婿入りをしてきた。
 十夜にとっては初めて感じる父という存在であった。
 義父でありながらも、彼なりに十夜を愛していてくれたのだと思う。
 その時代では。
 両親の事業も順調で、十夜は何れふたりの事業を受け継ぐ者としての教養を習得する為、異国で学ぶことを進められる。
 十夜が日本を離れている間に、大正から昭和へと移り変わり、世間の情勢が変わる。
 十夜の在り方が大きく変動したのは、そうとは知らずに帰国した時であった。
 知らされていなかった母の死。
 全てを奪っていた義父の本性。
 十夜の隔離監禁生活は、この時から始まったのだった。


 ◆◇◆◇◆

 本宅から十夜が隔離された離れの間にはちょっとした竹林があり、その竹林を抜けて離れまで行こうとする者は殆どいない。
 最低限の使用人を監視役として十夜と共に住まわせ、新しい主となった義父は長年使えてきた使用人にすら十夜の存在を知らせず、再び海を渡って異国へ行ったのだと信じ込ませていた。
 最低限の食事、質素な着物、厳重な監視のもと、脱走は尽く阻まれ、阻まれる度に苦痛となる仕打ちを繰り替えされていくと、人は何時しか闘争心を蝕まれ、自分の現状を受け入れてしまう。
 最低限の食事は、気力と体力を削り取り、今では普通に歩くことがやっとといったところだ。
 そうなるまで数ヶ月、義父はそれを待っていたと言わんばかりに、十夜の前に姿を現わした。
 一時でも義父様(とうさま)と呼んでいた面影はその男からは消え、もとから感じていた眼鏡の奥の瞳は冷たく、殆ど無表情に近かった顔つきは権力をものにした優越感に浸りきり、高圧的に十夜を見下していた。
「あまり顔をコケさせてしまっては商品の価値が薄れる。体力は出来る限り沿いで欲しいが、外見はそこそこ商品としての価値を保て」
 十夜専属の使用人かつ監視役にそう新たな司令をだした。
 義父の言葉は続けて十夜へと向けられる。
「天は我に味方した。お前もつくづく運がないな……十夜。あのままこの国に戻ってこなければ自由でいられたものを……」
 義父に聞きたいことはいっぱいあった……だが、上手く言葉が出てこない。
 十夜の感情は握る拳に注がれ、爪で掌を傷付ける程握りしめた。
「上手く口が回らないか? それとも、長い異国暮らしで言葉を忘れたか? まぁいい。お前の知りたいことは想像がつく。故に、単刀直入に教えてやる。一時でも親子であったよしみで……な」
 聞かされる言葉のひとつひとつが、十夜を更に突き落とし存在を抹殺していく。
 病気で他界したという母のことも、母が死に際に全てを義父に委ねたことも……全てはこの男の始めからの筋書き通りではなかろうという疑念は消せない。
 しかし、それを証明する術は持ち合わせていないし、十夜自身が義父のコマのひとつに成り果ててしまった今では、もうどうすることもできない。
「……で、お前のこれからだが……。今の時代、お前のような容姿ではまともな職にもありつけなかろうと、私が用意してやった。ありがたく思え。なに、新しく裏で始めた仕事はお前の為にあるようなものだ。しっかり励め。この離れの中は自由にしていていい。だが、敷地の外へは出るな。仕事の時は専用の者が送り迎えをする」
 義父の言葉通り、その日の晩に迎えの者がやってきた。
 連れていかれたその先は……珍しい生き物を金を取って見せる『見世物小屋』だった。その見世物小屋には十夜の他にも、異国の血が混ざっていると思わせる容姿幼子が数人、芸を仕込まれている最中だった。
 自分は何をさせられるのだろう……その不安と、奇怪な物でもみるかのような視線を浴びながら、十夜は自分と言う存在はおろか、人であるということをも拒絶されてしまっている事を思い知った。
 訳もわからず着物を脱がされ、違うモノを身体に張り付けられる。
 とても着物とは思えない代物を身体に付けられたその直後、上からライトをあてられ、興味の視線が集まる真っ只中に放り出された。
 薄笑いが微かに耳に入る。ただ呆然と立ち尽くす十夜目掛け、鵜なりをあげる一本の鞭が、白く傷ひとつない肌を切り裂く。
「……っう……」
 痛いと感じる、叩かれたと判別できるまでに時間がかかったのは、体力の衰えと共に感覚も麻痺してしまっているからだろう。
 鞭の威力に直立が保てず、床へと雪崩れ込む。
 再び鞭が振り落とされる。
 這いつくばって逃れようと足掻くが、思っているよりも身体は動いてはいない。
 恰好の標的となっていた。
 それを差し止めたのは、意外にも義父であった。
「駄目じゃないか、新しい商品を乱暴に扱っては……」
 注意された男は義父には絶対服従らしく、素直にその場から立ち去り、十夜の身体は義父の手によって起こされた。
「さて皆様。やっと本日飼い慣らされた新しいペットでございます。まだまだ開拓の余地があり、先が楽しみな素材ですので、今後ともお見知りおきを……」
 和らげ気な口調で十夜を品定めする者達を掻き立てる。
 義父が自分に何を求めているのか……単に血色の違う生き物を見せつけるだけではないということは、彼の言葉から推測された。
 子供たちが練習していた芸か、それとも客取りか……まだそれらの方がマシであると言わせるかのような事を十夜に注文したのだった。
「ではお前……足を開いてお客様方にお見せしなさい。まだ何も知らぬ秘密の場所を……」
 義父の言おうとしている箇所を想像も出来ない十夜は、ただ立ち尽くすだけだった。
 その身体がまた床へと倒れ込む。
 義父が十夜の足を払い、無防備のまま倒れた十夜の腰を持ち上げ、人目に向けて開脚すけば、人様に見せる場所ではない箇所が露出する。
 足を閉じれば痛い思いをさせられると考えれば、閉じることは出来ず、義父にされるがまま身を委ねるしかなかった。その先に起こる事がどんな事か、予測すら付かないままに。
 しかし、事態は直ぐに飲み込む事ができた。
 身体に付けられていたベルトみたいな物の使われ方を目の当りにして。
 開脚された状態を維持する為に、義父は十夜の両腕を後ろに固定し、両足の膝と二の腕に付けられていたベルトの金具とを繋ぎつけた。
 完全に身体は身動きとれない状態に拘束さける。
 その状態で義父の指が股間中央を覆っている布を剥し露出されたモノの更に奥を弄りだす。
「まっ……、そこは……!」
 思わず言葉が口から零れてしまった。
「黙りなさい。お前に意見を言う権限はない。ペナリティは後ほど言い渡す。それとも……口を塞がれたいか?」
 低く冷ややかな言葉が耳元で囁かれた。
 十夜はただ頭を必死に横に振りながら唇を固く結び、義父の指の感触に耐え忍んだ。
「いかがですか、皆様。まだ何も知らない真っ白な身体が次第に染まっていく様を、一緒に堪能していきませんか?」
 義父の呼びかけに、薄暗い中から歓声が沸き上がる。
 見世物小屋での十夜の役割がこの時確定した。
 人前で徐々に開拓されていくのだ、客を喜ばせるテクを。

 その晩を境に、十夜の調教が始まった。相手は曾て義父様(とうさま)と親しみを込めて呼んでいた者。
 今では雇主と飼い慣らされる者としてしか関係がない。
 もっとも、相手は十夜を人としても見ていないだろうが……
 初めてのペナルティは冷たい地下牢で一日過ごすことだった。
 牢から出られると裸体のまま別の部屋へと連れて行かれ、その部屋の中の異様な品々に言葉を失った。
「喜べ十夜。お前の為に誂えた、ありとあらゆる調教器具だ。きっとお前の躯はこれらを使いこなし、いずれ物足りなくなるだろう。そうなるように躾るのが私の役目なのだが……。本来は専門の調教師を宛てがうのだが、どうしてだろうな……他人に任せる気がしなかった……」
 ふと、一瞬懐かしい眼差しを向けられたように思えたが、瞬きをすると、冷たく無感情な瞳が十夜を見据えていた。
 言葉の叱咤と詰り、身体から感じる苦痛とを交互に、十夜の調教はひとつの行為に対し一から九までを叩き込み、仕上げを見世物の商品として人前で成果を披露した。
 そんな生活がもう一年になろうかという頃、十夜の躯はすっかりと慣らされ、要求されなくとも客の求めることをして見せ評判は上々、ただ足りない事と言えば、まだ彼の身体はある意味清らかなままであったことだった。

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