● 月下美人 --- 元親×小十郎 ●


 初夏も間近にったある昼下がり、大きな足音を惜しげも無く鳴り響かせ、伊達政宗は片倉小十郎を探していた。
 事の発端は数日前、政宗に話せば即答で断るだろうと悟った小十郎以下家臣一同は、本人には告げずに、密かに話を進めていた案件があった。
 その案件がほぼ確定となり、後は上手く騙くらかして当人を連れ出すだけとなっていた。
 なのに、どこで漏れたのだろうか。
 内々に進めていたのに、大方政宗に知れる事となった。

「まずいですよ、小十郎様。あの政宗様の勢いでは、見つかり次第刀振り下ろし兼ねない」
 気配を消し、物陰に隠れながら政宗をやり過ごす。
「お前ら、政宗様をここに引きとめていろ。俺が先方をこちらにお連れしてくる。何、あちらは既に船に乗り発たれたと文が来た。ほんの少しだ。出来るだろう?」
「む、無理ですってば。絶対に無理。俺たちが先方をお連れしますんで、小十郎様が政宗様の相手してくださいよ」
「ばかか? お前らが行ったって、相手が信用しないだろうが」
「そりゃそうだ」
「決まりだ。出来るだけ早くお連れする。後を頼む」
 確実に政宗の気配が一帯から消えているのを確認し、小十郎は馬に乗り港へと走らせた。
 政宗の見合い相手、四国の姫君を迎え入れる為に。


 独眼流と聞くだけで、実際は結構断られていた。
 やはりあの政宗に付いていくのは並大抵ではこなせないだろう。
 事実、日々鍛えている小十郎でさえ、疲労感に悩まされることが度々。
 体力より、精神力が無くてはならないことを思い知る。
 そんな中、たったひとりだけ相手が独眼流ならば―――と、よい返事を貰う。
 四国の姫。
 鬼が棲むと言われている場所で育った姫ならば、きっと政宗様も―――
 よい方へと進むことを願う小十郎の顔が、少し緩みかけたその時、意図も簡単に真後ろをとられたのだった。

「何者?!」
 振り向き様に手にしていた刀を鞘から抜く。
 踏み出す一歩は幅が広く、振り下ろした刀の先は、相手の首筋ギリギリで止まった。
 ほんの数ミリで止めたのには訳があった。
 後ろを取られた瞬間に感じた殺気がないのだ。
 それに、なんとも異様な成り立ちの男だろうか。
 奥州では見かけぬ外観に、迷いが生じた―――とでも言っておこう。
 あと少しで斬られていたかもしれない男は、顔色ひとつ変えずに、小十郎と向き合う。
「初対面の相手にいきなり斬りつける、それがここのやり方か?」
「殺気さえ感じなければ、むやみに刀なんか抜かぬ。誰だ、おまえ」
「人に名前聞くときは、まず自分からって、言われなかったか? っか、殺しあう気はないんでね、この危なっかしいの、退けてくれ」
 指先で、切味のよさそうな刀を突付いて要求をする。
 確かに殺しあう気はなさそうだと、判断した小十郎が刀を鞘に戻しながら、肩の力も抜く。
 一拍程の間を置いて―――
「失礼した。片倉小十郎と申す」
「へぇ、あんたがあの片倉小十郎―――なかなかいい面構えしている。俺は長曾我部元親」
「長曾我部―――というと」
 政宗と会わせようと仕組んだ相手の姫君の家系になる。
 と、なればこの者。
 一族の者となるが―――
「ちょいと興味があって、先に上陸させてもらった。船が着くのは半時過ぎあたりだろう」
「半時―――これはまた、少し予定より遅れているのでは?」
「だから、俺が単身先に来たってわけだ」
「で、姫君は?」
「姫―――? あぁ、姫、姫……ね」
 この間がなんとも不気味である。
 何かあったのだろうか、小十郎の顔が怪訝そうになる。
「なんだあんた、当主ほっぽっといて、先に品定めか?」
「そうではない」
「いやいや、そう否定するな。俺としちゃあ、嬉しいね。まだ見ぬ者への執着心っていうの? 俺、伊達政宗より、あんたの方が好みかもしれねぇ」
 小十郎の周りに潮の香りが漂い出す。
 視界を遮られ、逞しい腕の力に身体を引き寄せられる。
 違う意味での身の危険を感じ、手にしていた刀を抜こうとしたが、空いていた手は相手に遮られ、感じたことのない感触が唇に触れてきた。


 暫し時が止まる。
 止まったのは時だけではなく、小十郎の思考も同じであった。
 その止まった思考が再び動き出した時、唯一自由であった片方の足を使い、一歩後退する。
 だが、後退した分だけ詰め寄られてしまう。
 その繰り返しが数回、諦めることなく、また後ろに下がった時、相手の踏み出した一歩の方が幅が広く、そのまま地面目掛けて押し倒されてしまった。
 それが幸いしたのか、唇に触れていたモノがはがれる。
「―――て、てめぇ……何をしやがる!」
 凄味を利かせ、覆い被さっている長曾我部元親に食ってかかるが、元親本人は気にもしていない様子。
「俺はよぉ、男に抱かれる趣味はねぇんだ。だが、抱く事には支障ない。来るもの拒まずってやつ? 相当酷いものでもなけりゃ、しっかり楽しませてやる」
「それは奇遇。俺も野郎に抱かれる趣味はねぇ。わかったら、さっさと身体どけろ」
「退くつもりはない。言っただろう? しっかり楽しませてやる―――って。それに、あんただって興味あったんだろう、俺に……」
「俺がお前に? なんの冗談だ」
「冗談って、なんだ? あんたらが俺を呼んだんだろうが」
「俺たちが、お前を? 呼んだのは姫君の方だ」
「ほれみろ、呼んでいるじゃねぇか」
「だから、呼んで―――……え?」
 唇にヘンなモノを押し付けられ、脳の一部でも破損したのではないだろうか―――必死に長曾我部の言葉を整理する。
 すると、あまり考えたくはない結果が弾き出される。
「まさか―――」
「そう、そのまさかだ。ったく、あんたらが余計な策練ってくれたおかげで、危うく初カマ掘られるところだったぜ。先回りして政宗を抱いちまおうと画策したのが、吉とでたようだ」
「て、てめぇ……政宗様に―――」
「別に、政宗でなくてもいい。ちょうど、あんたとはこういう体勢なんだし、このまま突っ込むという手がある。伊達側から断りを入れるっていう約束をしてもらう」
「突っ込むだと? この俺にか?」
「あぁ、そうだ。口約束っていうのは信用しない性質なんてね、しっかりとした弱みっていうのを貰う。あんた、男は初めてなんだろう?」
 長曾我部元親の顔が不敵に微笑んだ。

 何がどこでどうなったのか、それはまだわからないが、政宗の元にこの男を嫁がせる気は更々無い。
 そもそも男を―――と、なれば人質か小姓か。
 このデカイ男が政宗の小姓?
 納得がいくはずもない。
 口約束だけでも充分に、伊達側から長曽我部に断りの文を出すに決まっていた。

「ひとつ、いい事を教えておいてやる。確かに、俺への縁談話は間違っていねぇ。訳ありで、姫として育っていたからな。だからって、まさか縁談が来るとは思わなかったぜ。断っても良かったんだが、どんな物好きか知りたくて、ここまで話を進めてきた。だが途中で大事なことに気付いた。もし、もしも……政宗が俺を男と知って進めていたら―――それだけは回避したかったんでな、結果、今こうなっている」
 確かに政宗の周りは野郎ばかり、女子の噂、影ひとつない。
 知らぬところで、そう伝わってしまっていてもおかしくはないのだが―――
「だからと言って、間違えではないかとあがった時点で伝えるのが礼儀だろう」
「礼儀? 今は戦国時代真っ只中だぜ? 舞い込んできたものを活用しないわけないだろう? 俺が政宗を食う。島国から本島に進出の足がかりが出来る。 あんたらだって、俺たちと交友ができりゃ、船での戦にも幅が出るってもんだ。お互い様だろう?」
「理屈は当然だが、政宗様はやらん」
「なら、あんたが身体張りな。縁談は破談とする。利害が一致した時は、協力する」
「前者はわかったが、後者を断ったら?」
「ふん、だから断れねぇように、するんだろうが、今から……」
 片倉小十郎を辱めるという手段で―――

 姫として育ったなど、そんな面影を感じるところなど全く無い。
 太く硬いモノが、まだ慣らされていない小十郎の身体を引き裂くように貫く。
 潮風に包まれ、絶え間なくこぼれ出す悲痛な叫びは、次第に甘味を感じさせるような吐息へと変わり、辺りに響き渡る。
「そんなにしがみつくな―――あんた、初めてにしちゃ、いい身体している」
 手にしていた刀を抜いて、目の前の男を切り刻むことも出来たが、いち早く手からこぼれていったのは、刀の方だった。
 元親の逞しい腕にしがみつき、痛みから違う何かに変わっていく感覚に戸惑う。

 もう、やめてくれ―――

 思いながらも、その言葉を最後まで口にすることはなかった。


「風が冷たくなったな。腰、立つか?」
 供に同じ感覚を味わいながら昇天出来たのは、小十郎が単体で達すること3回を過ぎたあたりから。
 元親が満足したのは、それから3〜4回の後。
「てめぇがやっておいて、その台詞か―――」
「あんたの身体が良すぎっていうのもあったが、なんたって船の中じゃなかなかできねぇからな。今までの分と、帰路の分、まとめてあんたの身体でやらせてもらった」
 海の上は、いつも危険と隣り合わせ、気の休まることはないと呟いた。
「あんたが同伴するなら、いつでも歓迎するぜ。船代は片倉小十郎の身体ってことで」
「てめぇの力を借りることなんざ、一生ねぇ」
「―――だと、いいんだが。もう一度あんたと会っちまったら、歯止めが効きそうにない」
「勝手に言っていろ」

 重い腰を引き摺り、馬にまたがる。
 この辺りで野宿するという元親をその場に残し、小十郎は政宗の元へと戻っていった。



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