嫁が君

久秀×小十郎



 身体中を這う、そんな感覚で意識が戻った。
 身体の上を何十匹もの何かに横断されている、そんな感覚。
 くすぐったいというよりは、気色悪い。
 なぜなら、表面だけではないからだ。
 体内からも感じる、この違和感。
 ただごとではない。
 眠った身体を振るい起こし、意識を目覚めさせた。

「っう……」
 胸に小さな痛みを感じる。
 声が出たことで、これが夢ではなく現実の出来事だと、片倉小十郎は認識をした。
「どうかね、気分は」
 続いて、小十郎に問いかける人語。
 言葉が理解できる、通じることからここは日本であると、再確認。
 閉じた目蓋が重々しく持ち上がる。
 その瞳に映ったのは――
「貴様、松永久秀――」
 東大寺で炎に包まれ消えた筈の男が、目の前にいた。
「卿に新年の挨拶に来たのだが? 気に入ってもらえただろうか」
 挨拶というには、とてもいい感じのするものではない。
 嫌悪――それ以外の感情表現ができない。
 そもそも、小十郎にとって松永久秀の存在は憎悪の対象でしかない。
 
「テメェの存在そのものが、気にいらねぇ……失せろ」
「そう言われても、困るのだが? いや、困るのは卿の身体か……」
「どういうことだ?」
「見てみたまえ。卿の身体に蔓延るモノ供の姿を――」

 胸の突起に感じる痛みは消えない。
 そこから熱く火照る感覚が、身体全体を駆け巡る。
 見ろ――その言葉に、小十郎は痛みを感じた左胸を見る。
「なっ……に?」
 自分の眼(まなこ)を疑いたくなる現状。
 身体中、鼠に覆われていた。
 しかも――
「んっ……」
 股間、そしてその股間に備わっているモノにまで鼠が食いついている。
 胸の突起に歯を立て、股間は尻尾と舌を上手く使い分け、弄繰り回していた。
「なかなか気の利く輩であろう? 今年の干支だ。大事に使うといい」
「んっあぁ……」
 入り口付近を吸い付いていた鼠一匹の身体が体内に入り込んでいく。
 異物が侵入していく感覚に近い。
 だが、気持ちいいものではない。
「鼠に気に入られたようだな。卿の身体は旨いらしい。残念だよ。私に実態があれば、鼠など使わずに、卿の身体を弄べたものを――」
「テメェ――!」
 そこでいきがっても、まったく効力はない。
 鼠は、遠慮なく一匹二匹と小十郎の身体の中へと入っていく。
 入った鼠は、奥へと進み、また別の鼠は途中で侵入を止め、内壁のヒダを噛み砕く。
 痛みしかない。
 だが、鼠の小さな歯は、時には快感を与えてくれる。
 痛みも快感――
「んっ、ンッンンン……やめろ、入るな……」
 拒んでも、鼠には理解出来ない。
 何をするのか、まったく予測のつかない動きに、ただただ翻弄されていくだけ。

「いいものを見せてもらったよ――実にいい見世物だった……卿の今年1年、その前兆のような見世物であった」
 満足げな笑みを浮かべる松永久秀。
 その顔がいつまでも小十郎の目に焼きついて離れなかった――


 ◆◆◆

 気色悪い――
 耐え切れず、小十郎は全てを跳ね除けた。
「――夢……か……? に、しては、最悪だぜ」
 新年初めての夢に魘されていた現実に、安堵とやるせない気持ちとの溜息が幾度と無くもれる。

 しかし、布団の上にある鼠の屍骸はいったい――

 夢と現実の狭間、その境はどこにあったのだろうか――

 小十郎は、身体に残る余韻に問いかけた。



 完結