芽吹きの季節




「卿の手、……冷たいな」

 どれくらいの月日が流れただろう。

 命に代えても守らなくてはならない、あの方の元を去り小十郎がこの男の元へと来てから。

 あれは吹雪く雪の中、故郷を出た。

 今、外の景色は緑が広がっている。

 もう春を過ぎ、これから夏へと季節が巡っていくのだ。

 逃げる気は毛頭なかったが、その決意を相手に知らしめる為、自ら着物を脱ぎ棄てた。

 奥州の冬に比べれば、この男のいる場所はまだ耐えられる寒さではあった。

「身体は火照っているというのに……そう、卿の体内は炎が燃えたぎっているかのように熱い。だが、手は冷たい。なぜか?」

「てめぇは相変わらず、氷のように冷たいな。その冷たさが俺の指先から冷えていっているんだろう?」

「ほう……その冷たさ、卿は私のせいだと言うのか? 面白い」

「ったく……外はもう春も過ぎるというのに、てめぇは真冬並みの冷たさだ」

「だとすれば、卿の奉仕が足りないだけなのではないかね? ひと冬、仕込んだ結果がそれとは……ただ咥えていればいいというものでもないことくらい、学んだのではないかね?」

 胡坐をかいて座っている松永久秀の上にナニを咥えこむ片倉小十郎の姿は、べつに昨日今日始まったものではない。

 嫌がりながらも自分に染まっていく小十郎を見たいと言う久秀は、必ず真正面に彼を置く。

 最初は半ば強引に、次第に小十郎の方から強請り動くように仕込みこんだ。

 結果、騎乗位で貪る程の成長をしたのだが――触れる彼の手が暖まる事はなかった。

「冗談言ってんじゃねぇよ、松永。俺の中でしっかり硬く感じまくってるじゃねぇか。それだけ俺はあんたの要望に応えているってことだ。あんたがどうこうしようとも、俺の手が温まる事はねぇよ。この手はな、あんたの為にあるんじゃねぇ」

「伊達政宗……彼を守るための手だと、卿は言いたいのかね? 滑稽だよ、それは。その手が役立つ事はもうないのだからね。私はね、冥府に落ちても卿を手放す気はないのだから」

 冥府に落ちても……松永の言葉が頭の中で繰り返される。

 彼の冷たい身体、その理由はそこにあるのかもしれない。

 死者からの呼び出し、そんな事があるわけがないと思いながら、もしかしたらという疑念を払うには、相手の呼び出しに応えるしかなかった。

 行くなという、主の言葉を振り切ってでも。




 ――完結――

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