氷塊


久秀×小太郎



「いい仕事だ」
 久秀は久方ぶりの曲者討伐に赴き、少し離れた場所で成り行きを見定めていた。
 そんな中、腕の立つ者が数人紛れ込んでいたのか、こちら側の眼を掻い潜り、久秀の元へと辿りつかれてしまったのだった。
 そんなことがある筈がない――そのゆとりが仇となったようなものだったが、彼が本気を出せば、暗殺者のひとりやふたり、手を煩わせずに始末できる。
 自分の身を守れとは、一言も言っていない。
 自分で片付けるしかないか……そんな溜息を漏らした直後、視界に飛び込むひとりの忍。
 その忍の鮮やかな対応に、久秀は腰の刀を抜くどころか、柄に手を添えることすらせずに、その難を切り抜けられたのだった。

「平和ボケしているかと思ったが、そうではなかったようだ。実にいい仕事をした。久しぶりに、もうひとつの方も――身体が忘れていないか、確認をさせてくれ」
 無口な男、風魔小太郎の咽喉が少しだけ動く。
「緊張か? もうそんなことを感じる程、初ではなかろう」
 久秀の口元が僅かに緩む。
 すれ違いに、久秀は再度念を押した。
「今宵、待っている」


 ◆◆◆

「相変わらず、固い男だ――」
 油火が揺れ照らす和室。
 その中、互い裸体で絡み合う男。
 何度も肌を重ね、互いの癖も知り尽くす程回を重ねたというのに、小太郎はまだ全てを解き離そうとしていなかった。
 まるで、固い氷の塊の如く、溶けきらぬ身体。
 それでも次第に変化していくのは、感情と肉体は別のものなのだと、言っているようなものだった。
「……ッ」
 小太郎の乳首に、久秀の歯形が残る。
 血が滲む程強く噛まれたのにも関わらず、小太郎は苦痛の声すらあげない。
 少し、ほんの少しだけ口元を歪めただけ。
「頑固な男だ。声はおろか、素顔すら見せぬ。そろそろ、いい声で鳴いて見せて欲しいものだ」
 気持ちよくしても鳴かず、痛みを与えても屈しない。
 その頑なな信念を解かしていくのが楽しいと思っていた久秀であったが、そろそろその趣旨も飽き始めていた。
「殻が取れたと思ったら、その中は冷たい氷の塊。人は常に進化しなくてはならない。そう思わんか? いつまでも今のままが貫けると思うな」
 突き刺す久秀の言葉は、小太郎の胸を確実に貫いた。
「……ッ……ンッ……」
 微かに零れた吐息。
 それは確実に熱を帯びた、快感の吐息。
「そう、それでいい。仕事のできる男は、聞きわけもよくなくては、進歩はない」
 滲み出た血を舌で舐め取り、そのまま久秀のモノが小太郎の身体を貫いたのだった。


 飛び散る汗。
 揺らぐ明かりの反射で、キラリと光る。
 鳴かずとも感じている熱い吐息が止め処なく漏れ出す。
 深く久秀のモノを受け入れ、何度も仕込まれた身体が無意識に対応していく。
 困惑という言葉はもう必要ない。
 だが、喘ぎ鳴くということにはまだ不慣れであった。
 それでも久秀は良い方向に流れていると受け止める。
 鳴けと言われ、直ぐに鳴かれても面白くはない。
 少しずつ、小太郎を抱く楽しみは持っていたいもの。
 全てを満たされてしまっては、そこで契約は終わる。
 傭兵が不必要となるか、肉人形が不必要となるか――
 どちらも、ちょうどいい頃合いでなくてはならない。

「次は何を見せてくれる? 顔か? 隠された素顔を見るというのは、なんと楽しみなことか……」
 声を出すより、恐らく素顔を晒すというのが一番困難であろう。
 伝説の忍を貫き通すなら、一番晒してはならない。
「最後に素顔を晒し、私を抹殺するか? それもよかろう。だが、私とて、簡単にやられはしない。傭兵の忍如きに――」
 グッと深く入れ込み、耳元で囁く。
 真っ当な手段では来ないだろう。
 それをしてしまっては、小太郎が生き延びる確率が減る。
 やはり、このまま久秀に気に入られたままでいるしかない。
 素顔は晒せない。
 その答えを出すと、小太郎の唇がゆっくりと動いた。
 声に出さずとも、相手に伝える手段はある。
 身体を大きく反らして、また久秀の肩に顔を埋める。
 そのちょうど間に、唇が動いたのだった。

 イク……ッ――


「ふっ、そうか。イキたいか。ならばイケばいい。進化した肉人形の成果を見せてみよ」
 高らかに勝ち誇った久秀の歓喜。
 その言葉に後押しされるように、小太郎の身体は天に昇るようにして、達したのだった。


 今宵もまた、忍ばせたクナイを久秀に突き付けることも出来ずに――
 多分、恐らく、自分はこの男には非情になれない――そんな予感を抱きながら、満たされた身体は再び目覚めるのだった。


   完結




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