夢々(七夕ネタ)

慶次×小十郎


 出会いは予期せぬもの。
 そして別れもまた予期せぬもの。
 片倉小十郎は、ふと――そんな事を思っていた。
 それは、一通の手紙がもたらした。

 ついでの時でいい
 また、こっちに顔をださないか?

 たった2行の、短い文面ではあったが、突然の別れで消息がわからなかった者からの、突然の手紙。
 それだけで、生存がわかったことが、何よりも安堵したし嬉しかった。


 ついでの時でいい――そんな事を言われれば、決して暇な日常を過ごしている訳ではない小十郎、馬鹿正直にその『ついで』が出来るまで、訪ねる事をしなかった。
 手紙を受け取って半年が経過、やっとそのついでができ、示し合わせたかのように、『こっち』と指していた場所付近に、宿を取り、付き添いの者に適当にやってくれと、適当な額を握らせ、姿を消した。


 この日本の中で、一番賑やかな場所といえば、中心である京の都であろう。
 小十郎は、その京の都付近まで来ていた。
「よお、随分と待たせてくれて、男をこんなに待つなんて、あんただけだぜ――片倉小十郎」
 気配などなかった。
 もちろん、人影も――いったい、この男はどこにいて、どこから現れたのか。
 小十郎の目の前に、とても派手なナリをした男が立ちはだかっていた。
「前田……慶次――」
「なんて顔してんだ。いい男が台無しだぜ」
 驚きを隠さずに出している小十郎に対し、慶次は太陽のように眩しい笑みを、惜しみなく彼に向けていた。
「てめぇ、無事ならそうと、なぜもっと早く知らせねぇ」
 その笑顔が妙に憎らしく、小十郎は政宗に向ける小言同様に、慶次へと吐き捨てた。
「おいおい、久しぶりの再開がそれかよ。そういう積もる話、する場所の定番は決まっているだろ?」
 小十郎の言葉を簡単にあしらい、佇む彼の腕を掴みだす。
 男に捕まれる筋合いはないと、その手を払おうにも、慶次の手はしっかりと小十郎の腕を掴み、離れない。
 そのまま彼に引っ張られ、賑わいを見せる京の夜の街へと、引き摺り込まれていった。



 賑わう公道、行き交う人々、その流れを途中から逆らうように、大通りから裏路地へと入っていく。
「おい、前田慶次――!」
 無言でただひたすら前を行く慶次に、小十郎が耐え切れず声をかけた。
 だが返答はない。
 変わらぬ背中だけを小十郎に見せ、先を急ぐ。
 ――と、ちょうど行き止まりになる。
 やっと止まった慶次の身体が振り返り、小十郎の両肩を掴む。
 小十郎でさえ少し顔を歪めたくなる程の力で掴まれ、一瞬身体が宙に浮いた。
 浮いたと本人が認識した時は、既に着地しており、背中に微かな痛みが走った。

「んっ――!」
 口元から出た痛みを緩和するような吐息、それを漏らさぬように慶次の唇が蓋をした。
 突然目の前が暗くなる。
 小十郎の視界全てを、慶次の身体が覆ったのだった。
 突然の接吻。
 心の準備というもある。
 小十郎は久しぶりの慶次から伝わる、彼の感触に流されながらも、しっかり自我を保ち、可能な限り抵抗を試みた。
「なんで?」
 腕の中で足掻く小十郎に、慶次の方から抱きしめる腕の力を緩めた。
「なんで――だと? 久しぶりに会って、すぐに発情かよ、てめぇは……。ったく、獣以下だな」
「獣? そりゃそうさ――あんたがこうやって俺の目の前にいる。最後に見た時は、馬上の姿、それも背中。正面から食いつきたくもなる」
「俺のせいだって、言うのか? はっ、まぁいいさ。あの時は確かにあんたのおかげで助かったんだからな」


   ★★★


 あの時――
 偶然のような再会、仕組まれたような包囲。
 北上しながら奥州へ戻る途中、片倉小十郎と伊達政宗は、誰かの陰謀とも思える仕打ちを目の当たりにした。
 考えられない偶然。
 明らかに仕組みました――と、言うような絶妙な遭遇。
 片倉小十郎は、共がひとりになってでも政宗を奥州まで連れ帰らねばと、覚悟を決めた。
 その時、既に生き残っていた兵は最初の半分以下になっていた。
 後は、敵に背を向け、ただひたすら逃げるしかない。
 逃げることを拒む政宗を気絶させてでも――と、覚悟を決めた時、たまたま偶然通りかかった前田慶次に助けられた。
 ――と、言っても、慶次ひとりが乱入したところで、伊達側が不利なのは変わらない。
「大丈夫。俺もひと暴れしたら、さっさと退散する。そうだな、行き先決めてなかったから、奥州にでも行ってみるか」
 勝手に決めて勝手に、小十郎と政宗の馬のケツを叩いたのだった。
 前田慶次――この時会うのは何度目だろうか。
 風来者とも言える彼、どこにも属さず、誰ともつるまず、気の向くまま赴くままに生きている彼と顔を合わせる率など少ないはずなのに、小十郎とはよく要所要所で顔を合わせていた。


   ★★★


「そう思うなら、あの時の礼として、いいだろう?」
 律儀な正確の小十郎として、そう言われてしまっては言い返せない。
 礼は、本当にするつもりで、彼がいつ奥州に顔を出しても平気なように計らっていた。
「大丈夫、久しぶりなんだし、できるだけ優しくする」
 相手の了解を待たずに、慶次の手はぬかりなく小十郎の股の間を擦っていた。
「おい、大丈夫なわけねぇだろ。あんた、俺と最初の時――いきなり突っ込みやがって」
「あぁ、あれ。だって仕方がない。あんたが想像以上に色っぽい声出すから。そうだな、口塞ぐか。でないと、またいきなり突っ込んでしまいそう」
 囁く声が熱っぽく、小十郎の顔が次第に赤く染まっていく。
 そんな顔をされたら、歯止めが効かなくなる。
 そんなことを呟いた慶次のモノが、やはりいきなり割り込んで入ってきた。
 何度目かの行為。
 それでも、慣れるものでもない。
 異物が貫く痛みと違和感が、小十郎の意識をチラつかせる。
 集中ができない。
 せめて、慶次に集中できれば痛みの緩和に繋がることを、彼と何度か交わっている中で、そう身体が覚えていった。
 だが――
「ひっ、んっ……くっんっ、んっンンンン――」
 痛みから逃れようと、中を絞める。
 だがそれは逆に慶次を気持ちよくさせ、自分も更に気持ちよくさせてしまう。
「ちが――っ、んっ――……」
「違わない。気持ちいいから、もっと刺激が欲しくなる。そろそろ、そういうことも覚えてよ」
「うる――せえ。てめぇも一度突っ込まれてみろ」
 睨む小十郎、しかしうっすらと滲み出ている生理的な涙。
 そのちぐはぐさに、慶次は優しい接吻を何度も繰り返した。
 まるで、それで会話をするかのように。
 一夜の夢物語を語り聞かせるように――



「探しましたよ、片倉殿」
 供に連れてきていたひとりが、心配そうに小十郎を覗き込んでいた。
「おひとりで、フラフラとしていたのを見かけ、ちょっと心配で後付けたんですが、見失っちまって。でも良かったッスよ。何事にもなってなくて――」
 彼の肩越しから先には、大通りが見える。
 まだ賑わう人々が行き交っていた。
「他の連中は?」
「きっとそこらヘンで飲んでいると」
「そうか、おまえも飲んで来い。俺なら、大丈夫だ。連れもいるし」
「連れ――ですか?」
 その時のこの者の不思議そうな顔、それを深く追求せずに、小十郎はこの者と別れた。
 連れとは前田慶次の事だが、不思議な事に姿が見えない。
 探すといってもあてなどあるわけもなく、暫くその場で待ったものの、小十郎はいつまで待っても戻らない慶次に、見切りをつけ、宿へと戻った。
 既に空には明るさが見え始めている。
 一睡もすることなく、馬上の人となってしまった。

「大丈夫ッスか?」
「あぁ、構わん。先を急ごう」
 何度か後ろを振り返り、慶次の姿を探すが、慶次はおろか人の姿すらない。
「誰か、探して?」
「あぁ、おまえらも知っているだろう? 前田慶次だ。昨夜、彼と一緒だったんだが――」
「前田、慶次? 誰ッスか、そいつ。昨日、見かけた時、片倉殿はおひとりでした」
「俺、ひとり? そんな筈ねぇだろ」
「いや、絶対にひとりッス」

 その者の言葉が真実だと小十郎が知ったのは、奥州に戻って数日のことだった。
 前田家縁の者という使者が、片倉小十郎を訪ねてきた。
「じゃあいったい、俺が会ったあいつは、誰だったんだ?」
「恐らく、間違いなく慶次殿だったと思われます。あの方の執念が、実ったのでしょう。片倉殿が京に滞在された、七月七日。年に一度の――」
 それ以上、使者の言葉は小十郎には届かなかった。
 確かにまだ残っている、彼の指の感触、唇を塞ぐ感触、貫かれた感触。
 それら全てが、慶次の執念だったというのか――
 もう二度とない、あるとすれば夢。



――完――

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