短冊に託した想い

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政宗×小十郎


 織田信長を倒し、宿命の相手となる真田幸村との一騎打ち。
 信長は倒せたが、幸村との一戦はなかなか決着が着かず、そのまままたの機会となっていた。
 信長亡き後、また新たな戦国の世が動き出す。
 それぞれが各々の野心を抱き、天下統一を目指し動き始めた頃、伊達政宗は米沢城をこっそりと後にして出ていってしまった。
 気付いたのは翌朝、7月7日のこと。
 文ひとつ残さず姿を消してから、今日で一年になろうとしていた。

 主のいない城を守るのは、腹心の勤めとばかりに、片倉小十郎はいつ政宗が戻ってきてもいいよう。
 いつでも出陣、天下を取る為の戦いに出て行けるよう、万全の準備を固めつつ、趣味の畑仕事に勤しんでいた日中。
 家臣のひとりが血相変えて畑に姿を見せたのだった。

「大変です、片倉様。怪しき男がこちらに!」
「怪しい男? どうせ、風来坊の前田慶次か、お節介の武田の忍だろ。ほっとけ」
「い、いや。前田慶次でも猿飛佐助でもなく。その、なんというか……熊のような」
「熊男だ? そりゃ、熊そのものなんじゃないのか」
「いや、だけど。熊が笹を背負いますか?」
「同じ熊でも、ただの熊は背負わないな。どこだ、そいつは。案内しろ」
 ちょうど手にしていた鍬を握り締め、耕していた畑から出ようとした、その時。

「よう、小十郎。やっぱ、こっちに直接来て正解だったみたいだな」
 頭髪は伸び放題。
 髭も伸び放題。
 どこからともなく体臭が臭ってきそうな風貌に、小十郎は険しい顔をして、相手の男を見据えた。
 自分の名前を知っている。
 それも、この畑の場所を知っている者。
 絞っていくと可なり限定されていくその中に、待ち続けた人の名が思い出されていく。

「まさか、政宗……様?」
「おうよ、小十郎。なんだ、そんなにわからなかったか?」
「わ、わからないなんてもんじゃ……人一倍見た目に拘る貴方様がなんです、その格好。まるでケダモノのようではありませんか。この小十郎にお任せくださいませ。すぐに奥州筆頭伊達政宗として仕上げてさしあげます。誰か! すぐ風呂を沸かせ。今から政宗様がお戻りになられる!」


 ◆◇◆◇◆

「待たせたな、小十郎」
 風呂に入り、身体中の垢を流し、全てを整えた政宗が卸したての着物に袖を通して、縁側に立つ。
「いいえ。幾度となく政宗様のお背中を流させていただきましたが、これほどやりがいがあったのは、初めてでございます」
「ちっ……帰還そうそう小言かよ。変わらねぇな、小十郎は」
「茶化されますな、政宗様。いったいこの一年もの間、どこでなにを?」
「まあ、そういう話は後でいいだろ。去年の約束、果たさせてもらう」
「はい? 去年の約束とは?」
「去年もこうやって、笹飾って、短冊に願い事書いただろ。その約束だ」
「ああ、それでしたら。では早速、今からご出陣ですね。どこから攻めましょう?」
「ん? そうだな。手始めに、片倉小十郎を攻めようか……」
 力強く、政宗の手が小十郎の腕を握る。
「何を言って……」
「一年前、新たな時代への一歩となるその前に、おまえが欲しいと俺は願った。だが、おまえはそれを拒むというよりは酒の席の戯言として流してしまった。一年、離れてみて、俺も自分の気持ちに嘘はないと。冗談じゃ、言えねぇだろ。こんなこと。全て、俺のモノになれ、小十郎。拒むことは、許さない」

 一年前、伊達政宗は小十郎への想いをしたためた短冊を吊るしていた。
 それを小十郎が見ることは無かったのだが、今年の笹にも既にひとつの短冊が吊るされている。

 天下も欲しい。
 だが、小十郎ほどの魅力はない。
 小十郎がいてこその天下。

 そんなもの、小十郎からしてみたら当然のこと。
 しかし、忠義や忠誠とは別の確実なものが欲しかった。

 こんなこと、年に一度の行事に乗っかってでなければ、言えるか!

 照れながら、政宗は小十郎を押し倒していった。
 初夏の夜。
 涼しい夜風に素肌を晒しながら、その空間だけは暑い一夜となっていた。


   完結
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