又兵衛様の閻魔帳・改・序

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 この話は、後藤又兵衛が天下統一を果たし、皆に認められた後の出来事を綴ったものである。

 皆に認められ、閻魔帳に書き記す武将もいなくなった幾年月のある日のこと、穴倉暮らしでとんと世間の情勢に疎くなった黒田官兵衛が又兵衛を訪ねたことが発端だった。
「まさか、おまえさんが天下統一を達成していたとは」
 落胆とも感心とも取れる大きな溜息をつきながらボヤく官兵衛に対し、又兵衛はそれがどうしたという顔で答える。
「オレ様に出来ないことはない……て知らなかったわけ? オマエらしいわ」
「ああ? まさか馬鹿にしてんのか?」
「いいや。だってね、オレ様、日ノ本統一しちゃった後藤又兵衛様だしぃ? オマエなんかの戯言に、いちいち反応するなんて、アホらしい……て気付いちゃったんだよねぇ」
 ノリがイマイチの又兵衛に官兵衛も調子を狂わされ、肩を大きく落胆するようなため息をつく。
「まあ、いいか。で? その天下統一しちまった後藤又兵衛でも知らないことがあるって気付いてるか?」
「ああ? 何言ってんの、オマエ。このオレ様に知らないことなんて、あるはずないじゃありませんかっ!」
 ――と断言したものの、もしかしたらという疑念が次第に膨らみ始め……
「それ、本当ですかぁ? 嘘、言っちゃうと、オマエのキンタマの上にその鉄球落として踏み踏みして潰しちゃうぞぉ……の刑にするけど、いいよね?」
「げっ! キンタマの上に鉄球落として踏み踏み……いや、待て。それは困る、大いに困るぞ。穴倉暮らしで世捨て人のように思ってるかもしれんが、それなりにあんなこと、こんなことは妄想するんだ。いいだろ、別に、妄想のひとつやふたつ」
「別にいいですけど? けどさ、嘘じゃなきゃ、焦りませんよね、普通。てことは、オレ様に嘘をつくつもりだったわけですか、オマエは」
「あ? いや、そんなことはない」
「じゃあ、オレ様の知らない事ってなんですか? 言ってくれませんかね」
「お、おう。耳の穴かっぽじってよく聞けよ。おまえさんが持ってた閻魔帳第一位に記されていた伊達政宗な、あいつ、虎視眈々と狙っているらしいぞ。竜王になるとか言っていたらしい……(ま、それは乱世の時だったらしいが、この際だ、こいつを上手く使って小生が日ノ本を頂点に君臨してやる。穴倉暮らしはもう終わりだ)でだ、竜王になった後、奥州を収めるのが竜の右目と言われている片倉小十郎。そいつの政宗に対する忠誠心は半端ない。というのも、政宗が梵天丸と呼ばれていた頃より側に仕え、教え込んだのは剣術だけじゃないらしい。あっちの方も、相当の手練れって噂だ」
「あっちの方?」
「惚けなさんなって。決まっている、穴掘りの方だ」
「穴掘りって、オマエより手練れなんですかね……」
「あ、いや、そっちの穴掘りじゃなくて、イロの方だ、イロの……みなまで言わすな」
「ああ? ああ、ケツの穴掘りですか? その話、デマじゃないですよね?」
「え? お、おう。小生だってな、穴倉暮らししていたって地上のあれこれくらい情報を得ている(天下統一を諦めたわけじゃないからな)おまえさんだって、ここまで言えばわかるだろ。金はいつか底をつく、剣術も鍛錬を怠れば強者に先を越される。だが、あっちの方は天性だ。仕込んで仕込まれてどうにかなるのも限界がある。後藤又兵衛という天下人がいながら、今更、竜王を名乗り天下統一に乗り出そうって強気にでるのには、側に片倉小十郎がいるからだ。今ここでそいつをどうにかすれば、伊達政宗の勢いも止まると小生は思っている」
「それで、オマエはオレ様に何をさせたいんですか? 面倒事は嫌なんですけどね。だってそうでしょう? オレ様、今や天下人ですよ? 片倉小十郎を献上しろと言えば済む事じゃないですか。ね? そうでしょう? そう思いますよね?」
「あ? ああ、まあ、それもそうだが(まずい、まずいぞこのままでは。なんとしても又兵衛をどこかに追いやらなければ)いや、だが、簡単に応じるとは思えんな。快楽を満たしてくれる存在は大きい。簡単に手放すとは思えないんだが」
「確かに、それもそうかもしれませんけどね……」
 一度は揺れ傾いた又兵衛だが、権力を持った今、無駄な労力をかけるのはどうかと正論が埋め尽くす。
 それでも推す官兵衛に何かがあるのでは……という疑念がチラつきはじめた。
 官兵衛の中に潜む本心を見抜くように、鋭い視線で彼を見る。
 疾しい気持ちがあれば、僅かでも動揺のようなものが見え隠れする。
 それを見極めようとしたのでが、又兵衛の目に映る官兵衛は詰めの甘い男以外には見えなかった。
 この男に人を動かす力量があるとは思えない、とりあえず話に乗ったように見せかけておけばいいか、そんな結論に達した。
 それでも言わずにはいられないひと言だけはしっかりといい釘を刺す。
「もしオレ様を担いで暗躍しようなんてことがわかった時は、どうなるか、わかってますよねぇ?」
「え? お、おう。なんで小生がおまえさんを騙さなきゃならんのだ? かつての仲間だろうが、仲間。ここは昔馴染みの忠告を黙って聞き入れてくれよ。な?(とはいえ、ここはもうひと押ししとくべきか?)ああ、そういえば……」
「なんですか? 思わせぶりな言い方、気になるじゃないですか」
「おまえさん、伊達政宗と戦った時、やたらと背後から攻撃されなかったか、片倉小十郎に」
「そう言われてみれば……やたらとしつこかったような気も……」
「やっぱりか。小生の得た情報によるとだな、やたらと背後から攻撃をしてくるやつは、おまえのケツの穴を狙ってるぜって意味らしいぞ? 悔しくないか? 天下を取る様な男のおまえさんに対して」
「それは本当ですか〜? オレ様のケツの穴を狙うとは……オレ様はね、狙うのは好きだけど狙われるのは大嫌いなんですよね〜」
「だろ? だからここはバシッと片倉のケツの穴を射止めてだな、伊達から奪い、おまえさん専属の情夫にでもした方がいい」
「それはそれで……なかなか楽しそうじゃないですか……そう、そうですね……献上しろと言うよりは奪った方がオレ様っぽいかも。グフッ、クッ、クックク……ッ、キィキキキッ……」
 最高潮に達した時の奇怪な笑い声が響き渡る。
 久しく聞いていなかったその笑いを耳にした者たちの身体が恐怖に震える。
 そんな中、官兵衛は違う震えを実感していた――第一関門突破の武者震いと言ってもいい、その震えに勝利を確信した。

◆◇◆◇◆

 こうしてまんまと官兵衛の口車に乗ってしまったと気付かない又兵衛は、一度は手放した閻魔帳を新調し、そこに大きく片倉小十郎の名を記す。
 道中、その思いを阻止しようと言う輩が現れたら記して行こうと、何人この閻魔帳に名前が載るのか、その楽しみも重なり、足取り軽く一路奥州を目指し北上したのだった。



※又兵衛が道中に出会う佐助と妄想の中で小十郎にいろんなことをしちゃう話、「又兵衛様の閻魔帳♂珍道中・序」は2014年3月16日春コミで頒布
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