又兵衛様の閻魔帳・改・寄り道


 片倉小十郎のケツり穴を掘るで意気投合した又兵衛と佐助は、互いに相手を警戒しながら奥州へと向かっていた。
 警戒といっても、裏切るんじゃないぞ――という意味ではなく、どちらかといえば抜け駆けはするな――の方で、佐助が一歩前を走れば、又兵衛の移動速度が上がり、負けてなるものかと佐助が更に速度をあげれば又兵衛もまた……
 地を走るより、枝から枝に飛び移った方が早いのではないかと思った佐助が目の前から消えると、卑怯者、降りて来いと喚き散らす。
 忍んで進む佐助にとって、又兵衛のこの行動は足を引っ張る行為と同等で、渋々地を駆けて進むことに。
 そしてまた冒頭に戻る。
 抜き抜かれの攻防が幾度となく繰り返された後、又兵衛の速度が落ち始め、佐助が先頭を走って暫くしてからのこと、突然、佐助の足が止まり、真後ろにいた又兵衛の頭が佐助の背中に激突、鼻を激しく当てたらしく顔を顰めた後、手に持っていた刀を振り上げる。
「ちょっ、ちょっと待った。待てって。短気だな、あんた」
 咄嗟に身構えた佐助だけど、争う気はないと腰低く、悪かったと詫びの言葉を口にした。
「いいんですけどねぇ……けど、今回限りですよ? おまえ、俺様の鼻に何をしたか、よくよく覚えておいてくださいね?」
「わ、わかった。あんたの鼻を赤くしたのは俺だってことは、よ〜く覚えておく」
「ふ〜ん。で? なんで急に止まったんですか〜?」
「やっぱ気になっててさ」
「何がですか?」
「あんたの閻魔帳の第二位、上杉謙信だっただろ? 本当にかすがちゃんには興味ないわけ? 結構、邪魔したんじゃないの? 彼女の謙信好きは尋常じゃないからさ」
「かなりしつこいですね、おまえも……もしかして、犯(や)っちゃって欲しいとかですか?」
「え? いや、そういう意味じゃなくて。ていうか、そういう趣味持ちなの?」
「別に……だけど、よくよく思い出して見れば、幾度となく打倒謙信を邪魔されてるんですよね〜 やっちゃおうかな〜」
「いやいやいや、無理してやらなくていいから」
「そう言われると余計やりたくなっちゃうってわかります?」
「あ〜、うん、駄目と言われると気になってやりたくなっちゃうってやつ、わかるよ、わかる。でも、今の話の件はしなくていいから」
「そうなんですか? でもな〜 どうしよっかな〜 書いちゃおうかな、閻魔帳に。だってさ、ひとりしか書かれてないなんて寂しいと思いませんか? ねえ、思うでしょう? 寂しいよね? そういえばさ、おまえんとこのも書いていい?」
「俺んとこって、もしかして……武田の大将、武田信玄? おっさんも許容範囲?」
「は? 何惚けてんですか? そんなことあるわけないでしょう? 真田幸村。ひと皮剥いたら結構激しかったりして……とか、思ったりしてませんかぁ?」
 閻魔帳を開き、筆を取る又兵衛のなんと生き生きとした目だろうか……ここで「いいよ」と言ったら最後、しっかり記した後、甲斐に戻ろうと言う可能性が高い。
 ここはなんとしてもはぐらかし……可能な限り迷惑被る相手をすり替えなくては! と佐助は急いで記憶にある武将の名前と顔を脳内で捲り始めた。
 又兵衛より強く、又兵衛もその強さを認め逆恨みを持たないような相手――そんな武人がいたら苦労はないのだが……
「駄目、駄目駄目駄目。うちの大将は食っても美味しくないと思うんだよね。掘り甲斐がないっていうか。奥手なんだよね、うちの大将。つまらないんじゃないかな」
「奥手? 処女? 処女っていいですよね〜 恥じらいの中にはじめて知る快楽のあれこれを受け入れられず戸惑う顔がなんともいえないですよね……いいんじゃないですかぁ?」
 まさかの展開に追い込まれた佐助は、後藤又兵衛は許容範囲が広いと記憶に刻み、次の手に出る。
「え? そうかな。処女って面倒じゃない? うちの大将、破廉恥破廉恥とのたうちまわって、きっと煩いよ? どうせなら、いい声で鳴いてくれちゃう、手慣れてる方がよくない?」
「――おまえ、良いこと言うね。そうですよねぇ〜艶っぽい声で鳴いてくれちゃう方がいいですよね。でも、処女も捨てがたいんですよね……ちなみに、艶っぽい声で鳴いてくれそうなのって誰ですか?」
 ――とふたり腕を組んで考えてみる。
 遊び人といえば前田慶次だろうか。
 伴侶のいる前田利家も手慣れているだろうけど、嫁のまつと構えるのは面倒である。
 かすがや謙信には興味ないようなので省き、おっさんも外す。
 経験済という点から、鹿之助の外し、宗教関係から大友も外し……と消去法で絞っていくと――
「なんか嫌な結論に辿り着きそうだ……」
 と佐助がつぶやくと、すかさず又兵衛が声を高らかにあげた。
「やっぱり片倉小十郎だねぇ〜 ね? そう思いますよね?」
 同意を求められ、いや違うと返しても、代わりの名が思いつかない。
「あれあれ? 無視ですかぁ? それって、どういうことですかね? おまえの名前、書いちゃってもいいんですよ?」
 閻魔帳に名前書いちゃうぞ〜はもう脅迫でしかない。
 書かれたからと言って、又兵衛に負けるとは思えないが、勝っても負けても後々が面倒そうである。
 ならば――
「いや、俺も同意。やっぱ竜の右目しかいないね。先、急ごうか」

 佐助が先導する形でふたりの旅が再開されたのであった。

 完結

※2014年5月3日発行「又兵衛様の閻魔帳♂珍道中・遭遇」に続く