空梅雨

光秀×小十郎



 ひとり、見慣れた風景が広がる真中で、片倉小十郎は空を恨めしそうに見上げていた。
 日照り続きならば諦めもつく。
 だが最近はどうだ?
 一雨降りそうな雨雲が空を覆ってはいるが、一向に振る気配がない。
 手塩にかけた畑の土は、日増しに渇きを増していき、育つ芽が出始めても、その先には進まない。
 これでは、季節折々の野菜の収穫はもちろん、日常の食生活も死活問題となりそうな気配。
「やはり、このままではいけねぇな―――」
 ひとり呟くと、首からかけていた手ぬぐいを振り解き、何処へと足を向け出した。


「なんて怪しい。いかにも怪しんでくれって言っているような寺だな」
 人づてに耳にした、最近伊達領内でよく見かける、自称祈とう師と名乗る男が根城にしていると聞いた、その場所に立ち、目の前にあるその寺を見て、ひとり呟いた。
 よく建っている。
 そんな表現が的確であろうくらい、本当によく保っている感じの形をしていた。
 瓦はなく、屋根は地肌が丸見えで、腐りかけた箇所も多々目に付く。
 入り口の扉は半壊し、中が伺えそうだが、薄暗くて見通しがよくない。
 その半壊した戸には触れずに、身体を横にして中へと進入していくと、床が軋む音を惜しげも無く響かせた。
 この片倉小十郎ともあろうものが―――ガラにもなくドッキリしてしまったなどと、自分でも信じたくない。
 それくらい怪しい内部であった。
「誰です?」
 ホッと胸を撫で下ろす小十郎を待っていたかのようなタイミングで、気配も感じさせず声を投げられる。
「何者?」
 咄嗟に身構え、癖で腰に付けている筈の刀に手を置くが、その刀を備えていなかったことに、この時になって気付いた。
 ちっ……舌打ちしたものの、警戒を怠って進入してしまった自分に落ち度がある。
 意識を研ぎ澄まし、目で見るより感じる方へと意識を集中させた。
「何者とは、お言葉ですね。先に居たのは私の方。後から入って来たのですよ、あなたが」
 声の主から殺気は感じない。
「おまえが、噂の祈とう師か?」
「噂の祈とう師? 噂になっているのですか、私―――ふっ、ふふふ……これは愉快」
 何が愉快なのか、高笑いが響き渡りだす。
 相手には見えているのか、自分の姿が―――そうだとしたら、不利なのは小十郎となる。
 殺気がないにしても、彼には相手の見当がつかないのだ。
「そんなに緊張されなくても、いいのですよ―――片倉小十郎」
「―――なんで俺のことを?」
「なんでと申されましても、ここに入るところを見かけましたので」
「みかけた?」
 しかし小十郎にはずっと人の気配など、感じはしなかった。
 見たとしても、なぜ小十郎だとわかったのだろうか。
「恐い恐い、そんな顔をしなくとも、去るものをむやみに追いかけたりはしませんので、お帰りは後ろの扉からどうぞ」
 祈とう師は、帰るならば入ってきた扉から帰ってもいいと言っている。
「見くびってもらっては困る、祈とう師殿。俺はあんたに会いに来たんだ」
 なぜ知っていたか、その疑問も伊達政宗同様知名度があった小十郎のこと、彼が祈とう師を人づてに聞いたように、彼もまた同じだったのかもしれない。
 遠目からでもどこかで見られていたのだろう。
「おや、私に用事とは。何事でしょう?」
「決まっている。雨乞いだ。あんたが直接してくれるか、手立てを教えて欲しい」
「構いませんよ。ただし、私とて生きていく為には無償でとは言えませんので、何か見返りを」
「こちらとて、無償で頼むなんてセコイ真似はしねぇ。とりあえず、伊達の屋敷に来て欲しい。その時に希望額を払おう」
「気前がいいですね。交渉なしに希望額とは。いいでしょう。但し、手付金を今ここで払って頂きたい」
「今、ここでか? いくらだ? 手持ちは殆ど無い」
 それはそうだろう。
 畑仕事のまま、この場所へと来てしまったのだから。
 刀の所持をしていないのに、金を持ち歩く筈が無い。
「簡単なことです。あなた自身で構わないのですから―――」
 何を言っている?
 小十郎が一瞬、祈とう師の言葉に気を取られ過ぎていた、その些細な間に、聞きなれないわずかな音と共に、身体が何かで縛られ、床に叩きつけられる。


「おやおや、意外と簡単に網にかかってしまって、少し拍子抜けですよ、片倉小十郎」
 暗闇からわいて出てきたように、ヌットと顔が間近に近づいてきた。
 どこかで、そうどこかで見たことのある、この人とは少し違う瞳。
「私を覚えていなくても構いません。だって、直接お会いしたことはありませんから。風の噂でご存じてないですか? 明智光秀の話―――」

 明智光秀―――その名を知らぬ者など、今この戦国の世にいるだろうか。
 主君、織田信長を裏切った男。
 本能寺の後、行方知れずとなり、死んだとも噂があったが―――

「生きていたのか、貴様―――」
「えぇ、もちろん。でも、あなたとて織田は邪魔だった筈。感謝はされど、敵対しされる謂れはないと思うのですが」
「確かに一理あるが、裏切る男の何を信じろと?」
 全く、何をやっているのだ、うちの警備は―――
 小十郎の中で、自分の手配ミスにも腹ただしいが、こうやって手の内に納まり手立てが無くなっている現状も腹ただしい。
 充分怪しいではないか、祈とう師など。
 いや、その怪しい祈とう師に雨乞いを頼みに来た自分はなんだ?
 後悔に後悔が重なり出す。
「あぁ、祈とう師の事は満更嘘ではないのですけれどね。大方、皆様の求める事は叶えてあげたつもりですが」
「そういやぁ、騙されたって噂は聞かねぇな―――どんなカラクリだ?」
「それはまぁ、いろいろと。―――で、話はここまでにして、織田を倒した件と、雨乞いの手付、払って頂きますよ」
 チクッと首筋に痛みを感じたが、それは錯覚だったのかと感じる程、ほんの一瞬で、その後の事は記憶に―――ない。


「さすが、信長公の作らせた薬。効き目の効果は充分。さぁ、これから快楽の世界へ誘って差し上げましょう。そして再び意識が今に戻った時、念願の雨が降り出します」
 
耳元で呪文のように囁き、光秀は小十郎の体内に己のモノを突き刺した。
 薬の効果で体内に乾きはなく、適度にしっとりとしており、光秀のモノも抵抗なく受け入れていた。
「はぁ……、やはりこの一瞬がたまらなくいいですね。意識がないというのが少々残念ですが、私はまだこの土地で商売したいので、仕方ないですよね。この締り具合、もしかして、経験済み? 羨ましい、誰でしょうねぇ、この男の始めてを奪った男は。見つけたら切刻んでしまいそうですよ」
 挿入した感覚を堪能すると、腰を持ち上げグッと更に奥へ、そして自分の腰ごと深く埋め込む。
「あぁ……この突き当たる感覚、あなたはどんな声で鳴くのでしょうか。聞いてみたい、聞いたみたいですよ、小十郎。誰に聞かせているのでしょうか、あなたの鳴き声。聞かせている相手の耳を削いでしまいたい心境ですよ」
 何度も何度も、これ以上奥へは行かないというくらい突き上げた後、しっとりとした蜜が滴りだすと、ギリギリまで引いて一気に深く貫く。
 汁は弾け飛んで床に散っていく。
「ふっ、ふふふふ……どんな角度がお好きですか? どんな体位がお好きですか? 縛りは? 吊るされたり、放置されるのはお好きですか? それとも、観客がいた方がいいのでしょうか? あぁ―――考えただけでも気が狂いそうです」
 意識のない小十郎の身体は、ただの肉の塊。
 人形といっても過言ではない。
 その小十郎の身体の隅々までを堪能し、弄ぶ光秀。
 薬の効果時間を危うく過ぎてしまうギリギリまで楽しんだ後、小十郎を外へと放り出した。

 
 身体に感じる水滴のようなもので、小十郎の意識が戻り出す。
 なぜこんな野外で倒れていたのか、記憶を辿るも思い出せない。
 祈とう師を探してここまで来た、その祈とう師と話をしたが、祈とう師の顔が思い出せない。
 とても重要なことの筈なのに。
 不可解な身体の気だるさの意味と同様、霧にかかったような感じで残っていた。
 しかし、願った雨が身体に降り注いでいる、それは事実だ。
「ふっ、ならばいいじゃねぇか。俺も随分とチンケな男になったもんだぜ」
 
 素直に降り注いでいる雨に感謝した。

 そんな小十郎を遠くから見ている眼には気付いていない。




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