Urashima's box

  光秀×小十郎  


 織田の主だった面々が、安土城に終結。
 収集はもちろん、明智光秀にもかけられた。
 久しく戦から遠のいていた光秀にとっては、人を斬り刻む感触を堪能できると受け取り、足取り軽く安土城へと辿り付いた。
 ――と、前方に、懐かしき主の姿が視界に飛び込み、少しだけ早足で距離を縮めた。
 はっきりと主の背中を眼に捕らえると、もうひとつ異様なモノが目についたのだった。
「信長公、その肩の荷は?」
 挨拶もなにもすっ飛ばして、目に付いてしまったモノについて訊ねてしまった。
 寛容なのか、信長はそんな光秀を咎める事はしない。
 まるで、いらぬモノを下ろすように、肩に担いでいたモノを落として見せたのだった。
「これは――」
 落ちて転がったモノが仰向けとなり、顔が天を仰ぐ。
 その顔に見知った者を、どこかの戦場で見かけたことを思い出した。
「なぜ信長公が、この者を?」
「ふん……こやつが勝手に飛び込んで来たのよ――」
「なんと、魔王と異名をもつ信長公の正面に飛び込むとは――」
「珍しかったのでな、持ち帰ったのだが……光秀はこの者を知っておるのか?」
「えぇ――まぁ――顔程度ですが……」
「では、主の好きにするがよい」
 そう告げると、信長は先に城の中へと入っていった。
 残されたのは、光秀とモノ。
 光秀は、意外なモノの入手に、満足げな笑みを惜しみなく見せ付けていた。


「んっ――」
 身体の芯が熱く滾る。
 その熱さは収まるどころか、いっそう熱さを増していく。
 意識が戻りかけた時に、はじめて感じたのは、その熱さだった。
 次に感じたのは、未だかつて味わったことのない違和感。
 その違和感から時折感じる、痛みであった。
「いっ――……!」
 その痛みが、少しだけ多く感じ、思わず苦痛の吐息が出てしまった。
 と、同時に、しっかりと意識も目覚める。
 冷たい空気が肌を取り巻くが、体内は熱さが高まり止らない。
 痛みは、上からと下からと交互に、そして同時に感じるが、痛みの度合いが違う。
 自分の肉体が、いつもと違う感覚で、意識が戻っても現状が把握できない。
 そんな男の様子など構う事無く、己の欲だけを押し付けている光秀。
 その光秀の笑みは、薄暗い周りによく映えていた。
「おや、気付きましたか――片倉小十郎……で、間違いないと思うのですが」
 光秀は、自分の欲望を遠慮なく押し付けている相手に、そう告げた。
「んっ――あぁ……くっんっ――ンッンンン……!」
 名を告げられ、相手の顔を確認しようと意識を集中しかけた時、光秀はそれを阻止するかのように、激しく下から突き上げた。
「あぁ――いいですね、その喘ぎ声。苦痛に感じているのに、身体は歓喜に満ちている。落ちるところまで落ちた、快楽の渦に浸って、狂ってもいい――身体はそう叫んでいますよ、小十郎」

 いつだったか、明智光秀はとある戦にて、独眼竜の背中を守るように戦う男の姿が目に焼きついた。
 熱い男――自分とは違う意味で、とても戦場が似合う男。
 その男が自ら突進するのではなく、守りながら戦う。
 それは決して自分ではやらない光景に、興味を抱いたのだ。
 知りたい、もっとあの男を知りたい。
 その願いは直ぐに叶う。
 男の名は、奥州の伊達政宗を調べると、直ぐに判明をした。
 片倉小十郎――伊達政宗が唯一背中を預けられる男。
 それだけで、充分興味が増す。
 伊達政宗から奪ってやろう。
 奪って弄んで、それから血祭りにして事切れた身体だけを政宗に返したら――あぁ、それは奥州との全面戦の開幕となる。
 それはつまり、名高い独眼竜を血祭りに出来るきっかけにもなる。
 光秀の血に飢えた感情が高ぶっていく。
 もう、信長以外に、自分の欲求を満たしてくれる者はいない、そう感じていた頃の出会いであった。
 信長との一戦は、人生最後と決めている。
 少しだけ楽しみが延びたことが、嬉しかった。
 そんな男を信長が担いで、光秀の前に現れたのだから、これはもう信長公からの褒美としか思えない。
 それとも、信長の命乞いか――
 どちらにしても、楽しみは先に延ばした方が、いっそう楽しみが増すというもの。


「――と、いうわけなんですよ。私が満足するまで、しっかり意識保って相手してくださいね」
 樹木に吊るされ、自由のない小十郎の身体を一方的に貪りながら、光秀が言う。
 縛り上げられた両手首は、自分の体重全てがかかっている。
 耐えられるわけもなく、皮膚が剥がれ肉に食い込む縄には、赤い鮮血が滲んでいき、縄で吸いきれなくなった血が、腕を伝って流れ落ちていく。
 痛々しい姿であるのに、光秀に貫かれ身体が熱く火照っている分、とてもイヤラシク見せる。
「思っていたよりも、想像していたよりも、なんていいんでしょう――まるで、玉手箱の中身を味わっているようですよ――これで、あとはどういう最後を見せてくれるのか……最後まで、私を裏切らないでくださいね」
 グッと力だけで奥へと貫かれる。
「ひっいっ――くっんっ……」
 苦痛が快感になり、身体が感じる快感は、心の苦痛となる。
 交差する中、片倉小十郎の脳裏に浮かんだのは、主君 伊達政宗の顔だった。
「下衆やろう……が――俺を見くびるんじゃねぇ。俺が枷になるなら、このまま朽ち果てるだけだ」
 身体の自由はないが、唯一自由な箇所がある。
 舌を噛み砕き、自害するという方法が。
 だが――
「させませんよ、自害なんて。自害したら、晒すだけです――異物突っ込んで、軍旗の代わりに掲げて奥州へ攻め込みます。独眼竜はどう思うでしょうね――」
 そこで想像したのだろう。
 光秀は、人とは思えない、狂ったような笑みを見せた。
「ちっ――狂ってやがる……」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。さぁ、楽しみましょう」
 口を塞ぐことはせずに、言葉だけで小十郎の自害を阻んだ光秀の欲望は尽きない。


 安土城から、その様子を見下ろす影あり。
「ふん、安い手土産だな――光秀」


 実際、どのようにして信長が片倉小十郎を手に入れたのかは、定かではない。
 やはり、魔王の成せる業なのだろうか――



――完――

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