揺籃の地

  光秀×小十郎  




 床に散らばる、原型を定めていない布の切れ端。
 少しだけまだ温もりが残っていることから、誰かの身体を覆っていたものだと推測ができる。
 誰か――
 自分の足もとに転がっている物体。
 それが身に纏っていた。
 ああ、そうか――私が切り刻んだのですね……
 明智光秀は手にしていた刃を視界に映し出し、現状を把握した。
 では、この足もとに転がっている物体は、なんなのだろうか……
 足で蹴り転がし、身体を仰向けにする。
 この顔――
「そう言えば、恐れ多くもこの私に刃を向けた、愚かな男じゃないですか……確か、独眼竜の右目――片倉小十郎……でしたか」
 わざとらしい口調、その口調が苛立ちを増長させる。
 薄らと意識が残っていた小十郎は、重々しい目蓋を見開いて見上げたのだった。

 どこにまだそんな力が残っているのか……光秀は興味深く見下す。
 敗北を感じている目ではない。
 立ち上がれない程いたぶったというのに、どこにそんな気力が……
 実に楽しい、楽しくて仕方がない。
 そんな笑いを響かせた。


 ◆◆◆

 身体が拘束されているわけではない。
 骨が折られている、腱を切られているわけでもない。
 流血しているわけでもない。
 痣もない。
 ただあるのは、細かい切り傷。
 血が薄らと滲み出る、その程度の切り傷が身体中にできていた。
 間接に近い個所は、パックリと割れ、比較的流血があるものの、滴るという程でもない。
 恐らく小十郎が無駄に抵抗した為、切り傷を余計広げてしまったのだろう。
 それは、光秀にとっても嬉しい誤算だった。
 何より、血を見るのが好きな男。
 人が平伏し、流す血は、彼にとって最高の至福。
 快感なのだから。

「刃物で付けられた切り傷程、痛むものはないですよね……結構頑張って抵抗してくれましたから、余計に体力を消耗している。違いますか?」
 声を出すのも億劫なくらい疲労がある筈。
 それを知っていて、光秀は小十郎に問う。
 答えなければ、更なる苦痛を与え、それに耐える姿を眺める。
 またそれも快感。
 狂っている――
 小十郎は改めて光秀に対し、そう感じた。


 殺すつもりはない。
 ただその一歩手前になるまでの過程を楽しみたい。
 光秀の意図が、ひしひしと伝わってくる。
 来る――そう構えると、間隔をずらして一撃が来る。
 何度その手にひっかかったことか。
 読めない、光秀の行動が読めないのだ。

「まだダメですよ。もう少し、私を楽しませてくださいね。これから、なんですから……」
 鳩尾に蹴りが入る。
 苦痛に身体が丸くなる。
 今度は背中を蹴られ、仰向けに。
 裸体でうごめく小十郎をおもちゃのように扱う。
 仰向けになると、股間中央のモノが力なく垂れ下がっているのが目立つ。
 今度はそれを足で踏みつける。
 例えようのない痛み。
 何度も踏まれ、次第に痛みともいえないような感覚が支配していくと、不思議とそのモノが変化しはじめていく。
「ふふふ……面白いですね。硬くしてしまっては、余計に感じるだけですよ。痛みも快感。所詮同じ穴の狢ってところですか」

 お前と一緒にするな――小十郎の心が叫ぶ。
 だが、そんな小十郎の心とは別に、身体は光秀の言葉通りに変化していく。
「やっと、はじまり。ここからが揺籃。この場所があなたと私の揺籃の地になる……」



 仲間の屍。
 伊達軍、明智軍が散乱している屍。
 それを遠目に見ながら、小十郎の身体は内側から光秀に支配されていった。


 完結

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