わけあう炎

佐助×小十郎

「なぁ、そんなところにいないで、こっちへ来たらどうだ?」

「私に構わないで頂こう、武田の忍び」

 こんな会話とはとてもいえない、言葉のやり取りが数回交わされている。
 ここはとある山中、互いに己が主人と仰ぐ者について山に入ったのだが―――臣下の心知らずか、主人たちは顔を合わすなり―――没頭してしまったのだ・・・・・・一騎打ちに。

「つかさぁ、あれは俺のせいじゃないだろ」
「お前の監督不行き届きだ・・・・・それ以外になにがある」
「そう言われちゃ、そっちにだって。暴れ竜の手綱はしっかり握っていてもらわないと」
「お前、自分の子虎の躾もできねぇで、政宗様を悪く言うか」
「だから、あなたのところの竜を悪くは言ってないでしょう? 悪いのはあなただと言ったんだ―――片倉小十郎」
 互いに一歩も譲らない、視線同士で火花を散らす。
 生涯の好敵手と認め合う、真田幸村と伊達政宗は、それぞれの信頼厚い臣下を連れ立ってとある山の中に入っていった。
 まさかその山に、お互いがいるなど思ってもいない。
 単に気まぐれと言ってしまえばそれまでだが、一応彼らなりの理由はあったのだと思いたい佐助と小十郎である。
 微かに聞こえていた刃がぶつかりあう音はもう聞こえない。
 いったいどこまで行ってしまったのやら・・・・・・
 太陽は沈み、あたりは暗く、山を下りるといっても、まずは主人を見つけ出さなくてはならず、更に迷い込むことは必須。
 これ以上動き回るのは徳作ではない、そう判断をしたのだが、佐助はもともとの性格が社交向きであるのに対し、小十郎は好意ある者以外にはかなり奥手というか人見知りというか、ようするに社交的ではない。
 緊急時、一時停戦、とりあえず協力しませんかという佐助の提案を快く受けいれられずにいた。
「本当に融通の利かない人だね、あんた」
「ふん、そういうお前は愛想振り撒き過ぎだ。反対に疑いたくなる」
「疑う・・・・・・ねぇ。まっ、こういうご時世だし、そういうのも必要だと思うけれどさ、これからどんどん冷え込むよ、山の夜は。せっかく火を焚いたんだとさ、火の側にいた方がいい。身体が凍えていては、いざという時、何も出来なくなる」
 佐助の言っていることは正論であるが、やはり受け入れられない。
 しかし、時間の経過と共に、夜の山の気温は下がる一方で、平気だと気張っていられる状態ではなくなってきていた。
 横目で焚き火を見れば、佐助が炎の火力を上げる為に、近場にある細い枝を足していた。
「見てないで、くれば? 片倉の旦那」
「ほっといてくれ」
「ほっとけないでしょうが、こんなに冷えて」
 一瞬だった。
 本当につい一瞬前まで火の側にいた男が目の前、しかも人の体温を感じられる程近くにいる。
 これだから忍びという者は―――やっかいなんだ。
 ちっ・・・・・・と舌打ちをし、迷惑そうな顔をしてみせた。


 結局、半ばありえそうな脅迫言葉を並べなれ、佐助と並んで火を囲むこととなった小十郎だが―――
「冷えている。こんなにも。まともに握れてないじゃないの」
 燃えやすい木にする為に、大き目の木の枝を小刀で切断していた佐助の手が止まり、小十郎の手を握る。
 何もせずにいることに時間を持て余していた小十郎も、佐助と同じく枝を切断し始めたのだが、枝を握る手に力が入らない、小刀の柄を握る力がなく、地面へと突き刺さる。
 その小刀を握ろうとしていた右手を佐助が握ってきたのだった。
「除けろ、気色悪い」
「気色悪いって・・・・・・そう思うなら、払い退ければいい。こんな凍えた手で出きるならね」
 佐助の挑発に乗りかけたが、凍えた手で出来ないことは初めからわかっていた。
 足ならば、まだ感覚は残っている。
 小十郎の足が佐助を狙い蹴り上げる―――が、身体全体が冷えていたが為、思い描いた通りにはならず、反対によろけた身体を佐助の暖かな腕が受け止め支える形となった。
「放せ・・・・・・!」
「いやだ。こんなに冷えているのに、放せるか。ここであんたを介抱して、独眼竜に恩を売っておくもの悪くはないよね。もしかして俺、旦那に感謝されちゃうかも・・・・・・」
「政宗様に恩だと? ふん、あの方がそのようなもの―――」
「そうかな、意外と恩義を感じるようなタイプに思えるけどな。まっ、俺の旦那程じゃないと思うが」
「あんたのところの真田幸村は異常だろ。暑苦しさをたまに感じる」
「そこがまたいいんだよ。そちらはクールガイって感じだもんね・・・・・・って、ほら、こうやって抱きしめていたら、少し暖かくなってきた。感謝してよ?」
 確かに。
 しかしだからと言って、このような醜態、もし誰かに見られでもしたら―――
 そう思うと足掻かずにはいられない。
「っと、動くなって。こっちの体勢も考えて・・・・・・・って、ほら言っているそばから」
 無理な体勢のまま佐助の身体から離れようと足掻く、されではどうにもならず、撥ね退けようとしたその時、二人の体制が崩れていく。
 小十郎の身体を下に、佐助の身体が上から覆い被さる。
 ふと触れてしまったその場所が、互いの唇であったことに気づき、小十郎の顔が赤く染まっていった。
「ふ〜ん、もしかして初めてだったりする?」
 キッと睨みを利かせて佐助を見返す小十郎の態度が、初めてですと言っているようなものだった。
「ねぇ知っている? 体温暖める一番の方法、裸で抱き合って直接体温を分け与えるって」
 眼差しは真剣なものに受け取れるが、口元が笑っている。
 からかわれているのだと、殺気に近い気迫で睨み返す。
 しかしそんな小十郎など気にする気配すら感じさせず、佐助は至ってマイペース。
 冗談ではない、からかってこんなことはできないと囁き、今度は確実に狙って、小十郎の唇を奪い塞ぐ。
「ふっ、ンッ・・・・・・」
 初めての事故での触れ合いとは違う、感情の入り込んだ熱い口づけに、小十郎の思考が乱れていく。
 乱れた後、真っ白になり全ての機能が停止する。
 抵抗がないことを知ると佐助の行動は大胆になっていった。
 塞いだだけの口づけは次第に小十郎の口の中へと舌が進入し徘徊する。
 冷たい肌の上を暖かい佐助の手が擦り弄るように徘徊して、次第に下へと伸びていく。
「抵抗しないの? 一線越えちゃいそうだけど?」
 強姦なんて後味の悪いことはしたくない。
 佐助は合意ならばこのまま突き進んでもと、小十郎を確かめるが、彼の反応はない。
 ないというより、反応できないのだ。
「あぁ、冷たい地面の上に寝かせちゃったものね・・・・・・背中から凍えちゃって、声もでない、考えられないってところかな?」
 軽く抱き起こし、膝の上に抱え込む。
 股間の中に手を忍ばせ、急所であろう中央に存在するモノを手で握る。
「くっ・・・・・・」
 小さな吐息と共に、虚ろな視線が佐助を見た。
 自分が今どういう状態なのか、薄々は感じ取れているらしい。
 こんな状態でも、瞳の奥には闘志が漲っている。
「ゾクゾクするね、あんたのその眼差し。普通なら流されていくのに。どこまでその眼差しが保っていられるか、本気で試したくなる。傍目にはかなり虚ろなんだけれどね、あんたの目」
「やれるものなら、やってみろ・・・・・・最後まで屈したりはしない」
「いいよ別に。屈したくなくても屈することでしかラクになれない躾方ってそれなりにあるんだけれど?」
 握ったモノを放し、その奥の蕾へと指先を伸ばし、その蕾を開こうと指を立てた。
 ―――が、気なる気配に、佐助の戯れの時間が終わる。

「残念。せっかく試せるチャンスだと思ったんだけどね・・・・・・。気づいたか?」
「あぁ、そう遠くない」
「だけど、あんたは戦力にならなさそうだ。ここで、自己防衛に徹していてくれ。まっ、俺様がここまでこさせないけれどね」
「期待はしていない。さっさと行け」
 近づく気配に、およその人数が次第にわかると、佐助ひとりで切り抜けることの難しさが感じられる。
 いや、ただ切り抜けるだけならば問題はない。
 小十郎のいるこの場所までこさせないよう、確実に息の根を止めなくてはならない。
 正直厳しい。
「なぁ、無事切り抜けて、また逢えたらさ・・・・・・一回最後までやらせてよ」
 佐助は小十郎の顔を見ずに言ってみた。
 返事など期待して言ってみたのではないが、やはり小十郎からの反応はなかった。
 どんな顔をして聞いていたのか、それも知らない。
 小十郎もまた、佐助がどんな顔をして言った言葉なのか、知らない。
 ただ背中から感じる、高まっていく殺気を見送りながら、辛うじて握れるようになるまで手の温もりを回復してくれた事への好意を感謝した。




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