Rice Cake Making
佐助×小十郎
新しい年。
砕けた雰囲気のある伊達軍一同ではあったが、さすがにこの時ばかりは、かしこまった形式に則って、筆頭政宗からの挨拶に始まり、家臣との顔合わせ、挨拶と慌しく時間が過ぎていた。
その晩、やっと堅苦しい事がらから解放された政宗は、たったひとりの供、片倉小十郎を連れ立って、馬を走らせ旅立った。
向かった先は――
「よく来られた伊達殿、片倉殿」
国境付近にて出迎えてくれた真田幸村に連れられ、甲斐は武田。
武田信玄の本拠地、城内に案内されていた。
時は遡ること半月ほど前。
武田の忍頭、佐助の手によって届けられた文(ふみ)一通。
それには武田信玄から、新年の挨拶を兼ねての招待状であった。
それに対し小十郎は、武田と交友関係にあった方が、この先織田と戦うのに損はないと進言。
面倒なことは避けたい政宗だったが、その進言を受け入れた方が得策なのは充分わかっていた。
気に入らないという思いを少しだけ抱きつつ、その招待を受け入れたのだった。
信玄を目の前に、堅苦しい挨拶と言葉とがやりとりされている。
かしこまった言葉など滅多に使わない政宗は、次第に意味不明な言葉を連発。
従者が口出しするのはおこがましいが――と、断りを入れ、実際には小十郎と信玄の間で話が進んでしまったのだった。
「堅苦しい挨拶は済んだかい?」
半ばグッタリとした政宗を連れ立って中庭に出た小十郎を、佐助が真正面から覗き込むようにして訊く。
「見ての通りだ」
「慣れないこと、するから――うちのお館様は結構砕けているンだぜ。普通でよかったんだよ。でさ、これから武田家伝統の餅つき大会があるんだけど、もちろん参加するよね?」
「――断れないだろ。一番楽しみにしているのは、その武田信玄本人だったりしているのだろうから」
「ご名答。ま、それ以上にはりきっているのは、旦那だけどね。――で、どうだろうか。独眼竜も参加しないか?」
グッタリしている政宗に直接佐助が問いかけた。
「ああ? 餅つき? 何かいいことでもあるのか?」
「そうだな。伊達政宗自らついた餅を振舞うっていうのは、結構いいんじゃないの?」
「そうなのか、小十郎」
佐助の言葉をそのまま小十郎に聞き返す。
「確かに、上に立つ者がそのような行為をなされれば、下の者の士気は高まるでしょうが……政宗様、餅つきなどしたことあるのですか?」
「ない」
「でしょうね。小十郎の記憶にもありませんので」
「え? そうなの? あちゃ……うちの旦那、政宗殿と餅つきでも競えるのか――って、昨日から楽しみにしていたンだよね……」
「なに? 真田幸村には出来て、この俺に出来ないことはない。やるぞ、小十郎。付いて来い」
「はっ!!」
こうして、武田家伝統の餅つき大会は、真田幸村と伊達政宗との一騎打ちのような方向へと傾き始めてしまった。
★★★
「おい、どこまで行くつもりだ……佐助」
補佐につくつもりでいた小十郎を、佐助は自分の手伝いとして連れ出していた。
食材を取ってくるという名目ではあったが、本来正月料理は年の暮れにまとめて作るものだし、客人招いた日にわざわざ山の中に入って食材探しもないだろう。
だいたい、冬の山に食材など――ない。
だが、そんなわかりきっているであろうでまかせを、信玄をはじめ幸村までもが当然のような態度をしてみせていた。
考え方によっては、政宗と小十郎を引き離す手はずでも出来ていたのではないだろうか、そんな疑念を抱かれても仕方がないような展開だった。
「どこまで――って、人目につかないところまで」
「なに? どういう意味だ? まさか、本当に――」
「ん? 政宗暗殺を企んでいたのか……とか、言わないでよね……単純に、旦那は独眼竜と、俺様はあんたと一緒にいたかっただけ。信じられない?」
そう言って覗き込む佐助の瞳に、陰りはない。
「――おまえ、その台詞、マジで言っているのか?」
「大マジ。旦那の思いを叶えてやりたいっていうのも、あるけど――」
「それは確かに、俺だって政宗様が真田幸村との再戦を楽しみにしているのは、知っている。だが、今回は武田信玄の目の前だ。出来れば、おとなしくしていて頂きたい」
「そんなことは、ないでしょ。お館様も一枚噛んでいるし……」
「は?」
「ようするに、認めてくれているってこと。ああ見えても、お館様にとって旦那は目の中に入れても痛くない程可愛がっているしね……その旦那が見込んだ男の腕を確かめたいってこと。だから、俺らは邪魔なわけ。でも、俺はあんたに会いたかった。だから、ここまで連れ出した。迷惑か?」
正直、迷惑とは思っていない。
ただ――
「武田と伊達の交友を信玄公認のもとで交わしたい――それに向けて手伝ってくれたおまえのことだ。一言、言ってくれれば、俺ももう少し上手く立ち回れた……」
「あ〜あ……今度はそんな顔をしちゃうわけ? 新年だぜ? もっと嬉しそうな顔しろよ。お館様がこんなこと仕込まなければ、俺たちは暫く会えなかったンだぜ?」
自分だけが蚊帳の外、そんな立場であったような気分になった小十郎は、少し寂しそうな顔をした。
それに対し、佐助は嬉しそうな顔をしろと言う。
暫く会えないから――
「どういう意味だ?」
「ん……ちょっと、密偵に……だから、あまり個人的に動けなくなる。それってさ、あんたと会えなくなるってこと。それって、どういうことかわかってくれる?」
「そんな顔近づけて言われちゃ、おまえが言いたいことは、ひとつしかないな……」
そうして、どちらからともなく唇が重なり合った。
真冬の山中。
冷えた唇を互いに温めようとでも言うのか。
何度も深く重なり合い、そのまま強く佐助の腕が小十郎を抱きしめる。
それに従い委ねていく小十郎の身体。
その先にある快楽へ、小十郎が応じた結果であった。
★★★
「小十郎の中の餅も、上手そうだ……」
前後に動かした佐助のモノ、それによって生み出された小十郎の体内で溢れる蜜。
突くという動きから、まるで餅つきみたいだと佐助が言い出した。
今日は、そういうプレイがしたいらしい。
年明け早々、この男は――小十郎の思考、佐助という男への偏見がまた新たに作り出された。
そんなことなど知らない佐助は、自分の描いた快楽の形へと自分はもとより小十郎共々誘おうとしている。
それだけに懸命になっていた。
うすが小十郎で、きねが佐助。
強ち間違ってはいないだろうが、それではただ欲を満たすだけの行為にしか思えず、小十郎の心は乾き出していた。
「どうした? 乗り気じゃない?」
「そういうわけじゃないが……」
「だよね。しっかり濡れて感じている。例えがイマイチ?」
「それも、ある」
「ほかにも、何かあるのか? だったら、言えよ。言わなきゃわからない」
そんなこと、言われなくてもわかっている。
どう言えばいいのか、わかったら言っている。
それが小十郎の真意。
だけど、それをそのまま言ってしまっては、佐助を困らせるだけになることを知っている。
だから、言えない。
「悪い……ただ、気になるだけだ……政宗様が」
「嘘だ。なら、なぜ、俺の接吻を拒まなかった? 抱いてもいいと返したのは、あんただ」
年明け早々痴話喧嘩かよ……佐助は面倒そうな顔をする。
そんな顔をさせるつもりはなかった。
笑えとは言わない。
ただ、悲しそうな顔だけは見たくはなかった。
そう何度も会うことの出来る立場ではない。
限られた中で満たされ、それを次という約束の出来ない中で維持し続けていけるだけの思いを、持ち続けたい。
持たせてやりたかった、だけなのに――
どうして俺たちは、こんなにも不器用なのだろうか――
自分の顔が切なくなっていくのを感じた佐助は、小十郎の視界から顔を背けた。
「結局、俺はおまえにそんな顔をさせてしまうのだな」
顔を背けた佐助に対し、小十郎が呟く。
あのまま、佐助のやりたいように身体を委ねていればよかったのだろうか――
そんな後悔が押し寄せる。
ただ普通に肌を重ねたかっただけ。
特別な、後々記憶に残るような抱き方を望んではいない。
激しく強い快楽を知ってしまったら、次まで気が狂いそうになる日々を過ごさなくてはならない。
約束が出来ないのならば、期待を持たせるようなことは、やめてくれ――
佐助を想う、小十郎の気持ち。
それが佐助に伝わることは、ない。
互いに互いをこんなにも想っているのに、なぜ、人の想いは上手く伝わらないのだろう。
そのもどかしさが、とても切ない。
結局、佐助は自分の思いを遂行する。
激しく、突きつける。
突き上げ、小十郎の身体を、感触を刻むように。
また小十郎は、言葉では拒みながらも、慣れて求めていく自分の身体の欲を抑え切れないでいた。
「んっ、あぁ……」
静かな山中に、小十郎の吐息が響き渡る。
悲しげな顔はいつしか快楽に満たされていく、艶やかな顔をしていた。
「やっぱり、その顔が似合う」
勇ましい姿の小十郎もいいが、それとは逆のそんな一面もいい。
自分しか知らない片倉小十郎の姿。
それを独り占めできるのだから――
「おまえでも、そんな顔をするのだな……」
狂おしそうな佐助の顔。
本心を滅多に見せない佐助、その佐助の本心を垣間見れるのは、こんな時だけ。
狂いそうな程、小十郎が愛しい。
愛しすぎて、壊してしまいそうになる。
それを辛うじて残っていた理性が留めている。
そんな顔をしていた。
「それほど、あんたに溺れてしまった――ってことか」
「ならば、伊達と武田の交友、実現と維持しなくては、ならないな――俺は、政宗様を。あんたは信玄と幸村を……切り離せない」
「ああ。それなのに、俺様は片倉小十郎に囚われてしまった」
「違う。囚われたのは、この小十郎の方――」
互いに囚われてしまった故、どうしていいのかがわからなくなった。
手探りでそれぞれが上手くいく道を求めている。
迷いを打ち消すように、佐助の責めが激しさを増す。
「いっ、んっ……さ、すけ……」
「イきそう?」
「あぁ……んっ、あぁ……」
「イきそう、みたいだね――でも、まだ。まだイかせない」
筋がピクピク脈打つ小十郎のモノを、佐助の手が握る。
「ひっ!! くっあぁ……」
喘ぎと悲鳴の中間、そんな声が絞りだされるように響いた。
★★★
「……そんな目で見るな」
じと……っ――とした視線、それを一身に浴びている佐助が、この場から消えたい心境の中、辛うじて言葉にした。
自分たちの周り、かなり目につく、白い液体が飛び散った形跡。
快楽の余韻が冷めていくと、残るのは現実。
それを目の当たりにした小十郎の視線だった。
「ふっ……確かに、俺も合意はしたが……」
合意の上での情事。
しかし――
「ああ、確かに俺も合意はした。したが、なんと説明をするつもりだ、猿飛佐助!!」
寒空の中、確かに重ねた肌の温もりもあってか、身体は温かかった。
だがしかし――
「いや、ホント……ねぇ――そうなるとは、思わなかったからさ。とりあえず、俺様が背負って下山しましょ」
「って、気楽に言うな、気楽に」
「でもさ……なんとでも、いい訳はできるでしょ。中腰で腰痛めたとか……足踏み外したとか」
「こ、この俺が……そんな失態をするのか? この片倉小十郎が……」
新年早々、激しくも熱い情事。
その余韻から冷めた現実に待ち受けていたのは――
激しさゆえに、腰が立たなくなってしまっていた、片倉小十郎の姿だった。
「だいたい、なんだ? 俺がうすで、テメェがきぬって。餅というのは、ただ力任せにきぬで打ちゃいいってもんじゃない。素早く、まぜるようにだな……」
「ん? なに? 中を混ぜるような刺激が欲しい? ンじゃ、今度は抉るような腰の動きで、あんたを快楽に誘ってやるよ」
「はぁ?」
佐助に背おられ下山中のふたり。
小十郎の小言をものの見事かわしていく、佐助であった。
完結
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