聖夜の悪夢
佐助×小太郎
「くりすます……って知っているか?」
小太郎の頭の中、その言葉が何度も繰り返される。
猿飛佐助の戯言――それで片付けるはずだった。
たまたま居合わせ、そのままずるずると殺せずに生かした挙句、意味不明な言葉を吐き、知らないと答えると、じゃあ12月24日会おう――ふざけた言葉を残し、去っていった。
今度こそ始末しなければ――そう思うこと、これで何度目だろうか。
次こそ、風魔の仕来りにのっとって、佐助を始末しなければ――
そう思う小太郎に、正式な特命が下ったのは、その勝手に約束とされた12月24日を目前に控えたとある日だった。
武田を探れ
脅かす存在と判断したら、若き虎と言われている真田幸村を抹殺せよ
★☆★☆★
一方、武田の方はと言えば――
北条の動きに目を光らせることもなく、いつもと変わらぬ日々が繰り返されていた。
幸村は信玄とバカがつく程熱い鍛錬に時間を費やし、佐助はそのトバッチリ。
できればそろそろ、頃合のモミの木を探し、小太郎に喜んで貰えるような贈り物を物色しに町に出たい。
しかし、このふたりに『くりすます』なんてことを説明したところで、理解は難しいだろう。
そもそも、外国に興味ないふたりに、なぜ知っているのかと追求されるのがオチというもの。
ヤバイな――
焦りを感じた佐助に只ならぬ情報が飛び込んで来たのは、小太郎が北条から特命を受けた翌日だった。
「北条の動きが怪しい? ってことは、風魔が動くか――間が悪いな、俺って。でも、これで旦那とお館様の付き合いから開放される」
前向きに捉えればそうなるが、よくよく考えれば敵味方に分かれる。
生死分けた戦いに発展する可能性があるということ。
所詮、そうなる運命だったのかと諦めてしまえば、ここで終わってしまう。
大丈夫、まだ正式に開戦したわけじゃない――
そう言い聞かせ、佐助はひとり先に北条へと向かった。
忍しか知らない道。
いや、忍だからこそ選んで通るだろう道を通り、北条へと向かう。
どの辺りで小太郎と鉢合せになるだろうか。
なったら――
刃を交えなくてはならないのだろうか。
できるなら、偵察だけで暗殺の指令が出ていないことを祈るしかないと思う、佐助だった。
★☆★☆★
丁度中間地点に到達した時、佐助の足が止まる。
向こうが先に出ているのだから、どちらかと言えば中間地点より甲斐よりの方ですれ違うのが道理。
しかし、忍の気配を感じることなくここまで来てしまった。
まあ、相手が忍であれば気配など感じさせる筈はない。
だから意識して少しだけ気配を出しつつ、佐助はここまで来ていた。
相手が小太郎なら、必ず姿を見せると思って。
「俺の思い違いか? まあ、好かれてはいないだろうが、始末する対象として、姿見せると思ったンだけど」
ひとり、ブツブツと声に出す。
風魔の掟がある以上、小太郎を名乗る者なら、その掟に忠実なはず。
姿を見たものは消す。
それは佐助に対しても例外ではないはずなのだが――
「まさか、本気で好意持ってくれたってこと――だったら、いいんだけど、ありえないよな」
またブツクサと声に出す。
小太郎と会うときは命がけ。
命がけの恋である。
その瞬間に切れたとしても後悔がないよう、佐助は心にしまうということは今までしてこなかった。
仲良くしたいから――
できれば、生き延びて小太郎が次の代に首領を譲るまで生き延びて、自分だけのものにしたい。
だが、本気で殺し合いをしたら、叶わないだろうという予感もある。
だから、後悔はしないよう、思ったことは口にして、行動に移す。
それが結果、嫌われる要因にあったとしても、後悔するよりはいい。
嫌いって、それは少しでも佐助を意識してくれたことには違いないのだから。
――仕方ない、少し戻るか……
踵を返したその時――
只ならぬ殺気が佐助を襲う。
「逢いたかったよ、小太郎。酷いな、もしかして気付いていながら放置? 俺、放置プレイはする方が好きなんだけど?」
――が、そんな戯言(ざれごと)に小太郎が耳を貸すはずもない。
ただひとつ。
佐助に殺意を抱いて挑むだけ。
「――って、今回はマジかよ。なに? 北条のお殿様から俺の暗殺命令が出たってこと? 忍ひとりに暗殺指令なんてさ、俺も結構有名ってこと?」
小太郎にしてみれば、佐助を始末しておいた方が、幸村暗殺が簡単に済むと考えただけのこと。
しかし、佐助にはその意図は理解していない。
どちらにしても、自分が生き残ればいいだけのこと。
どちらにしても――武田を守るにしても、自分の恋の成就にしても。
無言で応戦が続く中、先に息が上がってきたのは佐助。
追い込まれていることをひしひしと感じながら、先を読むしかない。
防戦一方の佐助に対し、小太郎は微かな苛立ちを覚え始めていた。
激しく切り込んでも寸前で防ぐ。
次に挑んでくると思えば、間を置いて小太郎の出方を待つ。
討って出れば少しは状況が変わるというのに。
「どうした? 息切れか?」
それはおまえの方だろうと小太郎は思う。
「言っとくけど、俺。死ぬわけにはいかない。だからって、おまえを殺す気もない。わかる? どんなに挑んできたって、俺は防ぐことしかしない」
くだらない――小太郎はそう思う。
しょせん忍。
闇の中でしか生きていけない。
そんな者が違う生き方を望んで何になる?
未来にあるのは死のみ。
それを変えようというのか、くだらい。
再び小太郎の攻撃が始まる。
上下左右、隙なく攻めてくる小太郎を寸前でかわすのは至難の技ともいえる。
再び息が上がり始めた頃、佐助の視界に飛び込んできたモノがあった。
「ちょ、ちょっと待った。停戦停戦」
かなりの距離を取り、佐助が叫ぶ。
この期に及んで、何ふざけたことを――小太郎の感情が苛立つ。
早く佐助を始末して真田幸村を討たなくては。
ここに佐助がいるということは、北条の動きを察知しているということ。
時間がかかればそれだけ相手に準備期間を与えることになる。
佐助の言葉を聞き入れる筋合いはない――小太郎が渾身の一撃を佐助に向けた。
「ったく!! 待てと言っただろう、分からず屋!!」
はじめて佐助が攻撃に出る。
それにより小太郎が討ち負け、体勢を崩した瞬間を佐助はここぞとばかりに追い込む。
「よっしゃ!! ま、俺様だってその気になれば、こんなモンよ……」
小太郎の身体が吹き飛んだ方へと近づく。
打ち所が悪かったのか、小太郎の身体が起き上がらない。
「おい、平気か? いや、さ。結構本気だったけど、おまえにしてみたら、それほどでもなかっただろ」
視線を落とし、小太郎の様子を伺う。
★☆★☆★
「おっと……やはり、フリかよ。そういうの、なしにしようぜ」
倒れた小太郎に被さるような姿勢で様子を伺う佐助に対し、小太郎の刃が咽喉に向けられた。
咄嗟に後ろに飛び退け、その瞬間に足先でその刃を蹴り飛ばす。
手元に力が入らなかったのか、思いのほか簡単に弾き飛ばせてしまったことに、佐助の方が驚いたくらいだった。
「約束の日に逢えてよかった。それに……」
抵抗されないよう、上から力で抑えつけながら、佐助はチラッと視線を目的の場所に流す。
見ろ――と、何度も視線で合図を送ると、小太郎も面倒くさそうに視線を流す。
「あれがモミの木。くりすますに欠かせない木だ」
まさかこんな森林のなかに立っていたとは、なんという偶然。
佐助はその偶然に感謝する。
あと、雪が積もっていればよかったのだが――早々運が向いているわけもなく。
「あとは『さんたくろーす』って爺さんが『ぷれぜんと』っていうのを渡す習慣があるって聞く。ちょっと時間取れなくて。変わりに、忘れられない日にしてあげる」
何を言っているのだ、この男は。
小太郎の率直な受け止め方。
忘れられない日――既にそうなりかけている。
まさか、風魔小太郎を名乗る自分が、こんなひょーひょーとした忍に討ち負けるとは――末代までの恥だ。
忘れたくても忘れられない日。
しかし、佐助の言う忘れられない日とは意味が違う。
「『くりすます』の晩って、好きな人といやらしいことを公然とできる日なんだって」
どこの誰がそんなくだらないことを言ったのだろう。
迷惑極まりない――小太郎の心中はこんな感じだった。
まるで佐助の性欲を正当化するような――
「ということで、いいだろ……小太郎」
何がいいと?
くだらなすぎる――小太郎は少し無理な体勢でありながら、佐助から逃れようと身体を動かす。
「背がさない」
瞬時に佐助が小太郎の動きに対応する。
先ほどまで息あがっていたとは思えない機敏さ。
この男はこういう餌が目の前にないと、本気を出さない。
それは何度も見てきていたというのに――自分の失態。
しかし、ここで諦めないのが小太郎。
素手で無理なら武器を使う。
ところが、佐助は――
「直接的な攻撃だけが全てじゃない。この俺様が何もしないで防戦一方だったと思っていた?」
グラッと視界が歪み、身体が必要以上に重い。
まるで鉛で出来た身体のよう。
謀られた――そう悟った時はもう遅い。
忍服は手早く脱がされ、佐助のモノが秘所にあてがわれていた。
「裸だと寒いよな。暖めてやるよ、俺様が。こうして中に入れて――実は好きだろ。小太郎……こうされるの」
前、こうして肌を重ねたのはいつだっただろう。
あの時もギリギリまで拒んだ。
殺してやると殺意を抱いて拒んだのだが、佐助の姑息な手に意図も簡単に堕ちてしまった。
成長がない、自分の浅はかな判断が情けない。
「小太郎の中は相変わらず温かい。今夜は聖夜っていうらしい。一年で最高の夜だ」
小太郎の反応を面白がるように、様子を見ながら佐助の腰が動く。
手で抵抗しようとすると、手身近なモノで縛り。
脚で抵抗しようとすれば、その気が失せるくらい激しく犯した。
静まり返るこの一帯に、淫らで艶かしい音だけが響くように。
小太郎は思う。
引き返さず、まっすぐ真田幸村を狙っていればよかった――と。
聖夜、悪夢もまた正夢。
こうなることを夢見たのは、小太郎本人だったのかもしれない。
気付かない自分――とっさに佐助を見かけ引き返した、その行動が示している。
完結