初東雲

モクジ

  佐助×小太郎  

 寒い――身震いを感じた佐助は、自分の腕で自身を抱きしめる。
 今夜は冷える――こんなにも月が綺麗なのに。
 時刻は深夜、遠くで鐘の音が。
 今宵は年が変わる晩。
 毎年年の瀬はお館様と旦那と過ごすのだが、今年はその行事を辞退。
 里に行きたいと建前で告げ、足は里とは違う方向へと向かっていた。
 除夜の鐘を聞きながら、逢いたい人がいる方向を見る。
 ――小太郎
 人としてのひと時を過ごさせてやりたいと思ったのだが、彼の姿はここにはいない。
 やはり、抜け出すことは難しかったのだろうか。
 自分と違い、風魔小太郎は雇い主と馴れ合うような性質をしていない。
 だから簡単に抜け出せると思っていたのだが、それゆえに抜け出せ難いということを今になって感じる佐助。
 来られないのならば、こちらから向かうまで。
 北条の城まで――
 どうせ守っているのは小太郎だろう。
 忍び込み、気付いて始末に来るに違いない。
 佐助の止まっていた足が動く。
 鐘の音を背中に聞きながら。
 せめて朝陽は一緒に拝めたら――そんな些細な期待と願いを抱きつつ。


 ◆◇◆◇◆

 侵入者を知らせる笛の音。
 佐助の足が止まり、辺りを警戒する。
 自分が――その筈はない。
 北条の城に忍び込む前に鳴り始めていたし、まだ佐助自身城内には入っていない。
 この混乱に乗じて忍び込む、それも考えたが――
「それで小太郎とすれ違ったら元も子もない……」
 城に忍び込む筈の足は、騒ぎのある方へと向かう。
 きっとそこに、小太郎がいると信じて。

 できるだけ高い場所から、騒ぎ一帯が見渡す。
 侵入者はどうやらひとりではないらしい。
 騒ぎは大きくなり、忍らしき影が佐助の視界を横切る。
 その中に、佐助の探し人が――
「見つけた、小太郎……」
 その影を追うように佐助も動く。
 見失わないよう、そして小太郎以外の者に見つからないよう。

 ――が、そう簡単にことは進まない。
 同じ忍、気付かないはずがない。
 小太郎より先に見つけられてしまった佐助は、先に忍び込んだ賊共々と同じ対象に。
 賊は賊で佐助を追ってと思い攻撃を仕掛けてくる。
 北条の兵、風魔一族、そして賊を相手に攻防戦を強いられる。
 賊を相手にするのはいい。
 上手くいけば北条に貸しをつくれる。
 しかし、風魔一族と北条に手を出すわけにはいかない。
 特に北条とは――
 自分だけの問題ですまなくなる。
 北条の兵を相手にせず、ほかふたつを相手に。
 しかし風魔一族は忍。
 忍同士の交戦は命がけ。
 さすがの佐助の顔にも、ゆとりの笑みが消える。
 ――まずい
 そう思う場面が何度も襲ってくる。
 ――なんて新年だ……
 こんなことなら、毎年変わらぬ新年にしておけばよかった――
 後悔が生まれる。
 賊をひとり倒しても応援が駆けつけ、佐助が不利に追い込まれる。
 ここは一旦引くしかない――そう決断した時。
 視界が真っ暗になり、首筋に刺すような痛みが走った。
 痛みのした場所を手で確認しようとした時、意識がぐらつく。
 気を失う前兆を感じ、新たな痛みで凌ごうと、クナイで太ももを刺す。
 しかし、その行動は黒い影に阻まれる。
 阻まれたまま担がれ――
 自分の身体が宙に浮く感覚がした瞬間、ぷっつりと意識が途切れたのだった。


 どれくらい意識を失っていただろうか。
 寒いという感覚で佐助の意識が戻る。
 目蓋を開けた先に広がるのは、闇が明るく変わる情景――それが朝陽だと理解する。
 その朝陽の中に変わらず存在する黒い影。
「小太郎――か?」
 呼ばれた影が少し身体を強張らせた。
「おまえが、助けてくれたのか――俺を倒したように見せかけて」
 影の背中が照れているように見えるのは、真っ赤な朝陽のせいだけではない。
 そんな背中しか見せない小太郎を背後から抱きしめる。
「不器用だとは思っていたが、意外と器用なことをしてくれるじゃないか」
 ここで素直にありがとうと言えない佐助自身、自分の方が不器用なのだと照れ隠しの為に、小太郎の耳を噛む。
 息まで吹きかけられた小太郎の身体がピクッと反応。
 このまま押し倒したい衝動を佐助は必死に抑える。
 押し倒すことはいつでもできる。
 こうして年初めの日の出を小太郎と見ることは、もう二度とないかもしれない。
 こんな時代だからこそ、こういう時を大切にしたい。

「こうして、おまえと初日の出、見たかった。願いが叶ったのは、おまえのおかげだ――小太郎」
 佐助の言葉に小太郎は静かに息を漏らす。
 それが彼なりの笑いであることを知っているのは、佐助だけ。
 その吐息ごと、佐助は小太郎を抱きしめた。


 完結
モクジ
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