薄紅色の桜が舞う時

左之×新八


「なに千鶴を口説いてんだよ、左之」

 秋から冬に季節が移り変わろうとしていた時、新撰組はまた屯所を移転、新しい屯所の入り口に溜まっていた枯葉を掃除していた千鶴が手を休め、冷えた指先に息を吹きかけた、その仕草をたまたま少し離れたところから新八も見ていたのだった。
 足早に近寄ろうとした時、視界に左之助の姿を見た彼は、足を止めその様子を伺う。
 別に左之に気遣いをしているわけではない。
 もちろん、千鶴に対し特別な気持ちがあるというわけでもないから、そのふたりがいつどこでなにをしようと新八にはどうでもいいことだった。
 ただ、誰にでも優しいというよりは世話好きな左之がどこまで千鶴を自分の領域に入ることを許しているのか、それが気にはなっていた。
 気にかけてくれる行為が好きという好意と繋がっているわけではない。
 そのところ、まだ若すぎる千鶴がどこまで理解しているか――
 そんなことを気にしたところで、新八自身も千鶴に何かしてやれるわけでもない、いらぬ心配と言われたらそれまでなのだが。

「なんだ新八。覗き見に聞き耳か?」
「この位置にいる俺を見て、どうしたら覗き見しているって思うかな、おまえは……それに、聞き耳じゃねぇ、偶然聞こえちまったんだよ。往来で女口説いていたら、誰だって耳がでかくなるだろ」
「ばか! 口説いてたんじゃねぇ。俺は大人の男として当然のことをしたまでだ」
「大人の男として……ねぇ」
 その後、意味ありげにニヤニヤと笑う新八の態度に左之助の方がイラッくる。
「なんだ、そのニヤニヤ。ああ、そうか。もしかして、妬いたのか? 新八」
「あ? 妬く? 誰が誰に?」
「惚けるなよ、新八。おまえ、俺が千鶴の手握ろうとしているのを見て妬いただろ」
「は? 寝言は寝て言いやがれ、この勘違いバカ男」
「バカ男だと? それはおまえの為にあるような言葉だろ。この筋肉バカ男!」
「バ、バカ男だと?」
「最初に言ったのはお前だろ。いい加減認めちまえよ、不甲斐なくも年下の千鶴に妬きました。左之助様お願いします。僕の手も温めてください――ってな。温めてやるぜ、おまえの手と言わず、その身体ごと」
「か……身体、ごとだと? おまっ、そーいうのは、こうもっと日が暮れてから……」
 さっきまでの勢いはどこへやら、新八の声が次第に小さくなり終いには聞き取れなくなっていく。
「おまえ、季節感ねぇのか、それとも下心があるのか、秋とはいえ夕刻は冷えるっていうのに、そんな格好してりゃ、手はもちろん身体全体が冷えるだろ。ま、特別だ、ほら、こっちに来い」
 冷たくなった新八の手を握り、そのまま手を引っ張り自分の方へと引き寄せる。
 握っていない片方の手はそのまま新八の腰を抱き寄せ、互いの吐息が感じられる程密着した。
「おい、左之。くっつきすぎだ」
「何今更照れてんだよ。あったけぇだろ、俺の腕の中。俺も新八の体温感じられて暖かくて気持ちがいい」
 そのままギュッと強く抱きしめ頬擦りをしてくる。
 確かに暖かいといえば暖かい。
 人の温もりがこんなにも温かいものだったとはわかってはいても、体験するまでその暖かさと心地よさはわからない。
 男同士、感触がやわらかいわけでもないし、いい香りがするわけでもない。
 どちらかといえば少し汗臭いに近いのは、左之助は見回りで歩き回っていたのだし、新八も私用で京の町をほぼ走り回っていた。
 当然といえば当然のなのだが、そういう夢も希望もない男同士の抱擁なのに、左之助といると心が落ち着いていく新八だった。
 そういう気持ちを『恋』というのは少し違う気もしていたが、左之に言われたからってわけではないが、千鶴と話している左之に少し何かを感じていたのは事実、認めたくはないが正直少し寂しいというか……
 次第に気持ちが落ち着いていくと、この状況がとても気恥ずかしくてたまらなくなっていく。

「もういい、充分温まったから、離せ」
「ん? そうか? 髪の毛が冷たい」
「バッ……髪の毛なんてもんはそういうもんだ。いいから離せ!」
 力任せに左之の身体を押し退けてやっと解放された新八だが――

「ふ〜ん、温まったのは顔だけじゃねぇか、新八。すっげぇ紅いぜ、頬が」

 ふいに左之助の顔が近づき、頬に冷たい何かが触れる。
 それが左之の唇だと気付いた時には既に遅く――

 何かひと言言ってやらなくては気が治まらない新八の少し前を既に歩いていた。

「何やってんだよ、新八。早く戻らねぇと、また身体冷えちまうだろ」
 新八が左之の隣に肩を並べるまでそこで待ち、隣に新八が来ると力強く肩を抱き寄せ屯所の門を潜っていった。


 屯所の桜が花開くのはまだ先だが、桜の花びらよりも紅いいいものを見れたと、左之助は空を仰ぎ暖かい季節がまた訪れることを切に願うのだった。


  完


-Powered by HTML DWARF-