味覚音痴に手解きを

左之×総司




「もしかして、今日の食事当番、総司?」

 交代で食事当番をすることになっている新撰組では、週に最低1回は当番が回ってくる。
 事の起こりは先週末のこと、料理の基本は薄口、これを徹底していたのにある人物が当番になるととてもじゃないが薄口には程遠い。
 ただ濃口ならまだしも最近の味付けと来たら……
「何? なんかまだ文句あったりするわけ? 先週指摘されたしょっぱいは感じないけど?」
「――確かに、今回はしょっぱくねぇんだが……」
 沖田総司の料理に先陣切って口火をきった左之は口ごもる。
 なんと言ったらいいのだろうか、確かに今回はしょっぱいどころか薄口過ぎてむしろ味がしない。
 まさかと思うが、味付けをしていない――とも思えない。
 いや、思いたくはない。
 只ならぬ空気が漂う。
 土方が眉間にシワ寄せているのはいつものことだが、絶対今のは総司の味付けが気に入らないからに決まっている。
 斉藤は無言、無言だが絶対気づいているに決まっている。
 新八はどうだろう、隣にいる彼の方をチラリと見るが変わった様子は見受けられないが、逆隣にいる平助は気づいたらしく、何か言おうとしているのか口が開きかけた。
 左之が平助の名を口にするのと、平助がなんか今日の味付け――と言い出すのとが重なる。
「なに? 味付けがどうかした?」
 平助に尋ねる総司。
「なに、左之さん」
 呼ばれて返事をする平助の言葉が重なる。
「いや、いい。黙って食え」
 なんか嫌な空気が充満していく中、これ以上の発言は禁句と悟った左之が、平助の発言を禁止した。
 ところが――
「ちょっと、味付けがなんだっていうだよ、平助」
 総司は周りの空気を読んでいるのかいないのか、左之の配慮も無視して問いかける。
「え? いや、だからさ……今日の味付け」
 とまで言いかけると、左之が厳しい口調で平助の名を呼ぶ。
「黙って食えって言っただろ」
「でもさ、総司が」
「平助は、俺と総司とどっちの言葉を優先するんだ?」
 それはもう、半ば脅しにも似た視線と威圧的な言葉で黙らせる。
「なんだ、結局そうなるんだ。で? 味付けがどうだって? 言い出した左之さんが責任持って言ってよ。言ってくんなきゃわからないじゃん」
 雲行きは悪化していく。
 最初に動いたのは斉藤、何時の間に食べ終わったのか、食べ残しのないお膳を持って立ち上がり部屋を出て行く。
 続いて土方、新八と続き、新八に促され平助も出て行く。
 残されたのは左之と総司。
 向かい合ったまま無言でせっせと料理を口に運び、その様子をチラッと見た総司から口を開いた。
「なんだかんだいって、結局ちゃんと食べるんじゃん、左之」
「別に食えねぇとは言ってねぇし」
「そうだっけ? でも文句はあるんだよね、左之」
「まあな。みんな気遣ってくれたから言うけど、味付けしてねぇだろ、総司」
「だったら、なに?」
 そこは嘘でもしたと言って欲しいところ、認めるのかと左之の肩がガックリと落ちる。
「いや、おまえのやることは極端なんだよ」
「じゃあ、どうればよかったわけ? 仕方ないじゃん、僕は人を殺すことしか出来ないんだから」
「あのな、総司。誰だって料理が得意でやっているんじゃない。人の作った料理、舌が覚えてないのかよ」
「なに、それ。真似ろっていうわけ?」
「早い話、そうだな」
 気に入らないという顔を露骨に見せる総司に左之は諦めのため息をこぼす。
「仕方ないだろ、総司が味覚音痴なんだから」
「あのね、左之。別に不味いもの作ったわけじゃないじゃん。食べられないってこともなかつたわけだし、そこ、食い下がってくるところかな」
「総司……できるなら美味いモン食いたいだろ?」
「左之は美味いものが食べたいんだ。一応、覚えておくよ。で、いい?」
 手にしていた小鉢を膳に置き箸も置く。
 膳を横にどけ、四つん這いで左之に近づくと、ニヤッと笑う。
「ねえ、左之。どうせなら、左之の好きな味付けってのを教えてよ。そっちの方が早いじゃん」
 順番でいけば明日の当番は左之になる。
「それってさ、手伝うって意味じゃないよな?」
「当然、僕の当番は今日、明日の当番は左之、僕は見ているだけ」
 やはり――見ているだけというと思ったとまたまたガクリと肩を落とす。
「なに? 左之は何か僕に期待でもしていた?」
「どうせなら、一緒に作った方が……と思っただけ」
「へぇ、一緒に作りたかったんだ。別にいいよ、作っても。左之が僕の願い聞いてくれるなら」
「願い?」
「そ、願い。簡単なこと」
 ひと口分だけ残っていた味噌汁を横取りして飲んだ総司の顔が近づき、左之の唇と重なり合う。
 重なった唇から左之の口の中に、総司が食べた筈の味噌汁が流れ込む。
 コクリと飲み込むのを確認すると総司から唇を離した。
「どう? 僕の味がついた味噌汁」
 覗きこむように左之を見て少し悪戯っぽく笑う。
「総司、おまえ……」
「悪いのは左之だからね。後でこっそり言ってくれればいいのにさ。僕ら、こういう関係なんだし?」
 ――が、先手を取られた左之が簡単に引き下がるわけがない。
「そうか、そういう態度をとるんだ、おまえは。だったら、覚悟しておけよ?」

 2日後、左之の当番でも総司の当番でもないのに、朝の台所にふたりの姿があった。
 その日担当の斉藤はふたりを見て見ぬふりをし、淡々と自分がやらなくてはならない作業をこなしている隣で、スパルタ的に指導する左之と不貞腐れても左之に従う総司がいる。
 翌週その指導の成果だろうか、可もなく不可もない総司担当の料理を無言で口に運ぶ新撰組隊長格面々の姿が在った。


  完結

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