●● Lightning --- 元親×小十郎 ●●
戦乱の世――
戦い、力を見せ付け、その立場に優越感を感じる者。
ひたすら天下統一を目指す者。
そして――ただ安息を求めて戦う者。
安息――それを得るために戦う、とても矛盾しているようだが、戦わずしてその地位は望めない。
誰もが手を下す気にならない程の、力を見せつける必要があった。
そのひとりが、奥州筆頭 伊達政宗――その者であった。
そんな伊達の領地に土足で入り込もうとした者が、ひとり。
鬼が島の鬼と異名を持つ、長曾我部元親。
だが、この者は天下が欲しくて伊達の領地に踏み込んだわけではなかった。
唯一の宝を求め、ただ彷徨う武将。
しかし、そんな相手の意図など知るよしも無い政宗は、厳戒態勢にて挑む。
両者共に一歩も譲らない戦の始まりだった。
半月後――
事態が一変する。
たかだかひとりの盗賊風情に構ってはいられない事態が、伊達政宗に忍び寄る。
「決着がつくまで、向うはまってくれそうもないな」
事態の大きさに、政宗は誰にともなく言葉を吐き捨てた。
早々にお帰り願いたい――その申し出に、元親は、宝を差し出せば、早々に立ち去ると返答。
負けてもいないのに、宝をくれてやるつもりはないと、政宗は即答。
結局、明白にならない限り、この戦の終結はないようだ。
季節は梅雨到来間近。
どちらにしても、戦をするには不向きな季節がやってくる。
上手く運べば、忍び寄る事態を引き伸ばし、元親の相手も一旦休戦をせざるおえない。
だがあの男が素直に、休戦に応じるだろうか。
誰もが思い浮かんだ事と言えば、人質の交換であった。
人質交換は、梅雨入りして間もなく、海辺に近い陸地で行なわれた。
長曾我部側は、元親にもっとも近い血縁者が、政宗側は片倉小十郎がその身を投じた。
梅雨が明けるまで、奥州周辺に姿を見せるな――これが、伊達政宗が出した条件である。
それを重複し、伊達側は小十郎を残し去って行った。
残された小十郎の身体を、止むことの知らない雨が降り注ぐ。
心の中までも濡らす程の雨に打たれていた彼から、雨を遮ったのは……長曾我部元親、本人のたくましい身体だった。
小十郎が船に乗り込むと、即座に元親は陸から離れ、かつ奥州周辺が見渡せる領域からも脱するよう指示を出した。
ゆっくりと確実に船は奥州の陸から離れていく。
もう泳いで陸に向かうには少々困難な程、離れたことを確認すると、小十郎を引き連れ、自室へと入っていった。
荒い波に、船は逆らう事無く揺れる。
それに慣れない小十郎は幾度となく、足元のつりあいを崩しては、壁に身体を預け体制を整える。
だが、整えたところを嘲笑うかのように、船は大きく揺れ動き、足元が宙に浮き、身体の重心が崩れていく。
「――ったく、これだから陸の住人は。船の揺れに逆らうな、しっかり足腰に重心を置け。それとも、俺が抱きかかえていってやろうか?」
元親から発せられた言葉は、どれも小十郎を嘲笑うかのような意味があったが、最後の言葉だけは、確実に小バカにしていた。
愚弄という表現が、小十郎の脳裏に浮かぶ。
だが、この慣れない揺れに、言い返すどころか、結局元親に助けられる。
腕を抱えられ、引き摺られるようにして、やっと室内に辿り付いたのだった。
「さて――」
元親は、船の揺れで散らかった物を足で蹴散らし、自分の身体を下ろせる空間を作り、切り出した。
「とりあえず、その濡れた服、脱いでもらおうか。身体検査も兼ねて――に、なるが」
雨に濡れた小十郎の衣服は、しっかりと充分過ぎるほど、水分を吸い込み、吸い込みきれなかった水滴が滴っていた。
同じ場所に立ち会っていた元親は、衣服と言えるようなものを身に着けていなかった為、身体を拭けば、用は足りていた。
その差があるにしても、直球で脱げと言われ、脱ぎ出す小十郎ではない。
「身体検査、だと? ふん、武器といえるものは全て、乗船した際に取り上げていただろう。これ以上、どこに何を隠せるっていうんだ」
「隠すところ? あるだろう――衣服で隠している穴がよぉ」
一瞬、何を指しているのかわからず、小十郎は怪訝そうな顔を露骨に見せていたが、ややしてその意図がわかったのか、愚弄と羞恥とが混ざった、赤面へと変わりだす。
些細な時間で、この変わりよう。
言い方を変えれば、初々しい様子に、元親は暫しの楽しみを見つけたような、そんな笑みを浮かべた。
拒むことは出来なかった。
濡れた衣服を着ている、居心地の悪さと、若干感じる寒気が、小十郎の我慢と羞恥を差し置いて、元親の言葉に従う。
均等のとれた、無駄のない身体つきに、元親も負けてはいないと、裸体を見せ付けてきた。
割れた腹筋は、元親の方が勝っていたが、決して小十郎も負けてはいない。
触れてくる元親の肌の温もりは、冷え出している小十郎の身体にとって、とても心地がいい。
身体検査の意図さえなければ、このまま彼の温もりに委ねてしまいそう、それくらい小十郎は冷えた身体を温めたかった。
「後ろ向いて、ケツをこっちに突き出せ」
舐めるように吟味した後、元親が命令を下す。
この船にいる限り、元親の言葉は絶対であった。
人質の役目、それは相手をいかに不快にさせず、期限まで約束を有効にさせるかが課せられている。
ここで元親の言葉を拒むということは、休戦の期間もしくは、休戦そのものが危うくなる可能性がある。
そうなってしまっては、主君 伊達政宗の足を引っ張ることへ繋がる。
それは、伊達の臣下としては、切腹したとしても、償えるものではないし、一生子孫まで片倉の名が落ちるというもの。
「へぇ、結構生真面目なんだな、あんた――まあ、まさか伊達側があんたを差し出すとは、思わなかったんで、戸惑いはあった。だが、それだけこの期間の争いは避けたかったってワケだ」
従順なまでに元親に従う小十郎の姿を目の当たりにし、元親の方がやや躊躇する。
だからと言って、手を出さない元親ではない。